特集:「築地市場解体工事に伴うアスベスト撤去に関するリスクコミュニケーションの実施」

第4回 水産立体駐車場の試行錯誤とさまざまな教訓

The Risk Communication Cases

 旧築地市場で繰り返し行われたアスベスト除去の養生検査では、アスベスト粉じん飛散防止対策の上で、今まであまり検討されてこなかった重要なポイントが視覚化され、問題点が洗い出された。

水産立体駐車場アスベスト除去工事

 前回「第3回 事前清掃検査の重要性と養生検査実施事例」の養生検査の紹介の中で、養生内でダクトを延長し、スモークテストで吸引のようすを検討したことに言及したが、このテストは除去業者のご協力を得て、同じ構造で同じ面積の空間で、繰り返し試験された。

 試験は、築地市場敷地の最も晴海通りに近い、水産立体駐車場で実施された。この水産立体駐車場は、レベル1及び2のアスベストが大量にあった。この一棟の建物のレベル1,2のアスベスト除去だけで34カ所に及んだ。34工区にわたって除去は順次行われ、それぞれ養生検査2回、完了検査2回、一部の養生前清掃検査を行ってきたので、ここだけで130~140回ほど繰り返し検査が行われたことになる。

 8階建ての水産立体駐車場は、各階の天井に700mmほどの高さの分厚いH鋼の梁が張り巡らされ、すべての鉄骨の面は厚い吹付け材で覆われ、4階から8階までの天井が同じつくりであった。分厚い吹付け材は表面がきれいにコテ抑えされ、吹付け材の中にはラスと呼ばれる針金が鉄骨に溶接されていた。そのため除去作業は吹付け材を簡単に剥がすことができずに難航した。

 それぞれの階は2工区ずつに分けられ、アスベスト除去用の養生が設定された。天井梁の吹付け材のほかに、1階から8階の各階は、床から60cmほどの高さまで、アスベスト含有塗材が施工されていた。そのほか、各階に4か所ずつ設置されたシャッターボックス周囲にも吹付けアスベストが梁部分にあり、4階から上の養生とは別に、1階から3階まで養生が設置された。

水産立体駐車場
①立体駐車場写真

水産立体駐車場天井梁の吹付けアスベスト
②梁写真

 この建物の屋上には、消火栓を設置した小さな構造物が2か所あり、それぞれの内側にはアスベスト含有の塗材が使用されていた。屋上には階段室が突き出ていたが、その中にはエレベーター機械室に吹付けアスベストが施工されていた。

エレベーター機械室の吹付けアスベスト
③エレベーター機械室吹付け写真

 また、1階の機械室には屋上まで突き抜ける煙突があり、中にアスベスト煙突断熱材が施工されていた。機械室内の吹付けアスベストの除去と、煙突内断熱材の撤去がそれぞれの除去計画に基づいて実施された。

アスベスト断熱材の入った煙突
④カポスタック入り煙突写真

 水産立体駐車場の機械室は、1階の本来の天井から下がったところに機械室の天井があり、二重天井になっていた。除去工事の最終段階で、除去業者が構造上吹付け材が隠れてあることを疑い、機械室の上の壁に穴を開け、やっと人が出入りできる空間を作って中を確認したところ、機械室天井裏の高さ1メートルほどの空間の、そのまた天井の鉄骨の梁に吹付けアスベストが発見された。

機械室天井の上の壁を開け、吹付けアスベストを発見
⑤機械室壁に穴を開ける

機械室天井の奥の狭い空間の吹付けアスベスト
⑥機械室天井裏吹付け

 この水産立体駐車場は、外壁全域の塗材にアスベストが含まれ、駐車場内装の一部の塗材もアスベスト含有であった。これらもレベル1とし養生内負圧状態で除去された。すべてのレベル1,2建材撤去は、2018年6月最初の工事計画が立てられ、修正や追加工事が加えられ、工事が進められた。34工区それぞれに、清掃検査、各2回ずつの養生検査と完了検査が実施され、終了するまでに13か月かけてアスベストが除去された。

水産立体駐車場スモークテスト

 この水産立体駐車場の4階から8階までの天井梁吹き付けアスベスト除去では、それぞれ2工区ずつ10工区で養生が設置された。10工区それぞれの養生空間は天井が高く、面積も大きいので、マニュアルで規定されている、負圧除じん機で1時間4回換気するために、工区ごとに負圧機が6~7台投入された。

 すべての工区で、養生検査時にスモークテストを行った。養生検査では検査する者は、他の検査と同様、最初に防じんマスクを装着し、養生内に入って内側から養生の隅々を見て回った。この建物も、前回紹介した青果仲卸棟屋上駐車場のように、吹付け材の上に直接養生が設置されたことから、吹付け材と養生シートとの間の密着を確認した。

養生の吹付け天井との接地面
⑦養生区切り写真

 目視の確認後、負圧機の稼働を止めて、大量のスモークを養生内の隅々まで噴霧した。養生内は煙で真っ白にくもり、足元も見えにくくなるほどだった。この状態で、養生の外側から、スモークの漏れの確認を行った。負圧機が止められている状態で、漏れがないことが確認されると、その後負圧機のスイッチを入れてもらう。負圧機が稼働すると、養生内のスモークは、吸引のダクトの方向に流れだし、徐々に薄まっていった。

 しかし、1時間4回換気、すなわち計算上では15分間で養生内の空気が1回全部排気されても、実際には15分で粉じんは一掃されなかった。天井から大きく張り出した梁や柱などに空気の流れが遮られ、対流を起こす様子がスモークで確認された。スモークを懐中電灯の光にかざすと、粒子の流れが目視できた。この流れや対流を少しでも解消するために、除去業者は負圧機の吸引ダクトを移動して、負圧機の効きを試験した。効果的であったのは、ダクトの吸引口を天井近くに持ってくることであった。これは、天井付近で梁にさえぎられた流れが滞るのを防いだ。

排気口を天井付近へ持ち上げる試験
⑧排気口を天井付近へ持ってくる写真

 また、試験的に広い養生空間を、シートで細分化し、空気の流れを一方向に作ることも効果が見られた。このように、広い空間の養生であっても、スモークテストで空気の流れを観察し、効率的な負圧状態を事前に確認することで、目に見えないアスベスト粉じんの養生内の振る舞いを予想することができる。工事が開始される前に、養生ごとの粉じんの流れを知っておくことは、実際の除去作業の際の粉じん漏えい防止に役立つ。

 これは、重要な観点である。形ばかりの計算上の換気回数の確保だけでは、アスベスト粉じんの漏えいを防ぐことはできない。15分経っても20分経っても養生内のスモークは、すべては排気されないのが確認できる。

 このような試験を繰り返すことで、除去業者、監理会社、発注者の東京都、第三者は、いろいろと気づくことができた。

養生内の粉じんの減衰

 築地市場内のアスベスト除去工事が始まり、スモークテストが開始されたころ、このスモークについて、除去業者からはさまざまに意見が出された。すなわち、スモークの粉じんの粒径はアスベスト粉じんと同程度とみなせるか、とか、スモークの粉じんは紛体なのか液体の微粒子なのか、とか、大量に発生させた場合へパフィルターを通過して排出される量は、アスベスト粉じんとサイズが相同としても、3/10000程度は漏れるのではないか(へパフィルターの捕捉率が0.3㎛の粒子に対して99.97%)という点である。

 また、ある養生外の負圧機のフィルター付近では、スモークテストでスモークを養生内で充満させた後、負圧機稼働直後に、パーティクルカウンターで粉じん濃度が急上昇したことがあった。この時には、へパフィルターの装着にずれがなかったかを再確認したが、同じような現象がほかでも起こったことから疑問が出されたのである。

 当初は錯覚があった。計算上15分間で、養生内の体積に相当する空気が1回換気される場合、養生内の粉じんも15分で全部排気されるはずであるという錯覚である。

 一般的に養生内の粉じんの減衰について、以下のようなことがいえる。すなわち、換気回数が1時間4回、15分間で養生内のすべての空気が1回排気されても、そこに浮遊する粉じんはすべて排気されることはない。これは計算上導かれる。

 15分間ですべての養生内空気が排出されるとして、5分ごとに考えると、最初の5分で全空気の1/3が排出される。最初の粉じん数を10000粒子とした場合、5分後に1/3が排出されるから、2/3の6666粒子が残る。次の5分で空気はまた1/3が排気され、粒子は2/3の4444粒子が残る。最後の5分でさらに空気は1/3が排気され、養生内の全空気は入れ替わるが、粒子は2/3の2962粒子が残る。したがって、計算上換気がすべて排気されても、粒子(粉じん)は29.6%残る計算になる。

 ここからわかることは、狭い養生空間、もしくは空気の流れが1方向に限定できるような養生空間では、負圧機による換気は効率的で、粉じんの排出の効果は期待できるが、広く天井の高い空間や、梁や柱など障害物がある空間の養生内では、計算上もしくは見かけ上よりも大量の微細なアスベスト粉じんは残ってしまうということである。

 したがって、養生を設置する場合、換気回数が1時間4回換気を計算上満たしているから、除去作業中にアスベスト粉じんの漏れはないとする判断は、誤りということになる。なぜなら、狭い養生空間、空気の流れが1方向に限定できる空間では有効に粉じんの排気、フィルターでの捕集が期待できるが、広い空間では4回換気では仮定した10000粒子の粉じんは、すべては排気されない。そればかりか、先の計算では、初期設定の粉じんがその後増えないことを前提としているが、現実のアスベスト除去現場では、除去作業とともに粉じん量は増加し、時間とともに高濃度になっていくからである。また、へパフィルターの捕集率もアスベスト粉じんに対して99.97%であるから、フィルターによる捕集を逃れた0.03%は、養生内が高濃度になるにつれて無視できない量になることが予想される。

 これらを回避するには、1時間4回換気という基準が緩すぎること、養生空間の大きさ、構造物の配置等によって計算上の換気回数を変更することが求められる。

排気ダクトの風量計算による排気量確保

 水産立体駐車場での、養生内での粉じんの捕集試験では、このほかにも試されたことがあった。養生内で効率的な吸引を考えた場合、吸引ダクトの位置を作業現場に近づけることが有効であるが、この場合ダクトを延長することになり、ダクトの中を通過する空気の抵抗が、負圧機の吸引総量を減らし、計算上の換気回数を満たさなくなるという懸念が発生した。この点については、排気口で、風速計で風速を測定し排気量を確認することによって、コントロールすることになっているが、では、実際に複数の排気口の風速を測定し、どのような数値になれば何をすればいいのかがマニュアル等によっても示されていなかった。

 排気ダクトの直径は統一されており、30cmであることから、
養生内の容積:Am3
計測された風速:Xⅿ/秒
とすると。
{0.15(m)}2×π×X(ⅿ/秒)×15(分)×60(秒)>A(m3)
を満たせば、15分間で1回換気を満たすから、
63.6X>A
ただし、Xは、(X1+X2+・・・Xn)
したがって、複数の排気口がある場合、各排気口の風速測定値の合計に係数63.6を掛けて求められる数が養生の容積(㎥)より大きければ、1時間4回換気を満たす。ということになる。しかし、先にも示したように排気量の確保だけでは、養生内の粉じんの排気が十分に確保できない。スモークテストとの併用が必須である。

 以上のことは、水産立体駐車場の各階の、ほぼ同じつくりの養生空間で、毎回私たちの意見を取り入れ、さまざまに養生を作り変え、スモークテストを繰り返し、変更のお願いに快く応じてくれたアスベスト除去業者のみなさんの協力よるものである。感謝したい。除去業者のみなさん自身が、アスベスト粉じんばく露を限りなく回避することが、同じ現場で働くほかの労働者のアスベストばく露を予防し、工事周辺の一般の方のばく露を予防することになる。

負圧除塵機設置個所(2方向の吸引の切り替え)

 養生内の負圧機の効率について、他の工区でもさまざまに試された。外壁塗材除去の養生空間では、面積は大きいものの、空間の幅は狭く、空気の流れの方向性を予想しやすかった。ある外壁の養生空間では、1階にセキュリティールームが設置され、負圧機が最上階の一番北の端と南の端の両端に設置された。スモークテストで、北の端の負圧機と、南の端の負圧機を使い分け、効率の良い負圧機の稼働が試された。

 また、外壁の大きな空間ではセキュリティールームの設置を1階部分と、3階部分の2カ所に設け、片方をファスナーで閉じながら工事区画を効率よく移動させる方法が取られたところもあった。

養生内スモークテスト結果の他の工区除去業者との共有

 水産立体駐車場でさまざまに試されたスモークテストの結果は、他の除去業者へ情報として提供され共有された。また、6月25日には、すべてのアスベスト除去業者、解体、建設業者の担当者、東京都職員等を集め、監理会社により勉強会が開催され、これらの情報を共有する機会を持った。

 水産立体駐車場を担当した除去業者ばかりでなく、他の工区の除去業者も、スモークテストで得られた知見に基づいて、養生の作りが改善されていった。アスベスト除去業者の中には、自社でスモークテスターを購入し、検査前に独自に養生のようすを確認するツールとして使用するところも現れた。

スモークテストのようす
⑨スモークテストのようす

 築地市場で行われたアスベスト除去工事では、現場の具体的な飛散防止の対策が、施主の東京都、工事業者、第三者の眼で事前に検討され、実行され、確認された。監理会社と施主の東京都と除去業者と地元の行政の中央区と第三者は、原則、すべてのレベル1及び2の除去工事の、事前養生検査と完了検査を行い、除去後にはアスベストの取り残しが無いことを確かめた。このほかに東京都は独自にアスベストパトロールを随時抜き打ちで行い、レベル3建材のかけらなどの取り残しを検査し、業者に指摘した。

 すなわち、今回の築地市場の取り組みから、これらの発注者、事業者、行政及び第三者による養生検査、完了検査は実施可能だという事が立証されたといえる。それでもなお、当事者及び第三者による養生検査、完了検査が実施できないとする議論は、そもそも安全性について最大限の努力をしようとしないか、もしくは第三者に介入されると都合が悪い除去工事をやろうとしているか、このような業者の意をくんで現場を見たこともないのに同調しているかどれかだと考えられる。ちなみに、今回のアスベストの検査について、中央労働基準監督署は一度も養生検査、完了検査に立ち合っていない。厚生労働政策では、法的な整備は不十分ながら少しは進んだものの、現場でのアスベスト被害予防に対する不作為はいまだに続いていると断じざるを得ない。