Symposium 2008/08/28
この方は、仕事による職業曝露がほとんど無い。どうも経営していた文具店に原因があるのではないかという話でした。石綿の職業曝露と環境曝露を濃度で比べますと、圧倒的に職業曝露の影響が強いのですね。先ほどからいろいろデータが出ておりますが、石綿の環境曝露が1リットル中で数本とか多くて100本単位に対し、職業曝露というのはだいたい1リットル中に数百本〜1万本という単位です。職業環境1万本のところにたった1日居るのと、環境の10本のところに1000日居た場合で、吸入した繊維は同じです。細かくいうとリスクは同じではありませんが、たった1日で環境の1000日相当、石綿の職業環境の影響は強いのです。ですから職業環境でない事がきちんと言えないと、石綿の環境曝露とは言えないわけです。そこで、職業歴を全部詳しく聞きます。確かに1ヶ所、50メートル離れた隣の工場の電気炉にアスベストがあって年に1回か2回は補修をすることがありました。それ以外の作業はないことを確認をしまして、まあまず職業性の作業での曝露はないという結論になりました。ところがご自身は1969年から2001年まで文房具店を経営されているのですが、その2階が倉庫になっていまして、そこの壁にアスベストがあるということがわかりました。
下が文房具店の1階でありまして、手前にあがってくると2階になるわけです。
上に張り出しているのが鉄道の高架部分であります。その下のところ、文房具店のいろいろなものを置いている後ろの壁が、青石綿、クロシドライトであったわけです。
この方は関西安全センターの片岡さんにご相談があって、私がご協力した例です。ご本人の聞き取り内容と同じ形で、掃除をしたらどうなるか、物を搬入したらどうなるかというのを再現濃度測定を行いました。
実際にはご本人は30年間、だいたい13時間くらい文房具店にいらっしゃって、納品や搬出それから掃除、帳簿といったことをしておられるわけです。
作業環境測定士の外山さんの測定データですが、自宅の屋外や文房具店の外の屋外は定量下限値以下、基本的には0.1f/Lとかの値でございます。文房具店の1階が0.68 f/L、静かな状態でも2階は3.05f/L、物を搬入すると床の石綿が飛び散りますから、14 f/L。さらに掃いたりすると136 f/Lと。普通の状態では3.05f /Lということで、石綿濃度は職業性曝露に比べて非常に低いのです。低濃度の曝露だが、滞在時間が長い方という事が良くわかりました。
これは2003年に測定したのですが、実際にだいたいどれくらいご自分がどういう環境に滞在したのかというものを計算して、平均化しますと、24時間ですと1.06 f/L、8時間換算ですと3.18 f/Lくらいの濃度のところにいらした方というのがわかります。
残念ですがお亡くなりになりまして、解剖した肺を調べますと、乾燥肺の1グラム中に72本の石綿小体が検出されました。これは石綿の繊維を中心にして、たんぱく質と血液由来の鉄等が付きまして、茶色く見えるのです。石綿に特徴的なこの石綿小体が1グラムあたり72本で、全く曝露の無い方は乾燥肺1グラム中35本くらいです。職業性石綿曝露の方は、乾燥肺1000本から1万本の単位です。ちょうど全く曝露の無い方の2倍、職業性の方と比べると一桁オーダーが低いという状態です。
今度は電子顕微鏡で調べてみますと、曝露のない一般の方の乾燥肺1グラム中には183万本ですが、この方は1900万本と10倍ぐらいです。大気中にあるのはクリソタイルという石綿の繊維で、クロシドライトは通常検出されません。この方の肺では石綿繊維13本中、クロシドライトが11本、クリソタイル1本、アモサイト1本で、後者は大気中由来かもしれませんが、クロシドライトについてはどう見ても文房具店の壁由来となります。
実際にどのくらいのリスク値か、本来充分検討しなくてはいけないのですが、おおざっぱに試算してみました。