石綿関連疾患の診断・ケア・飛散防止対策 石綿関連疾患総論(3/12)

Lecture by Dr Natori 2005

石綿関連疾患総論(3/12)

 石綿は非常に飛散しやすいことが特色です(13)。1950〜60年にアメリカやイギリスでは石綿関連疾患が多発していました。そして様々な対策を立て始め、ノンアスベスト製品を使い始めています。その時に1940年頃の造船作業を再現したのが有名なハリスの再現実験です。「造船所で直接石綿(アスベスト)を触った以外の周りの人に石綿関連疾患が多発している。自分で石綿を扱っていない造船職員に石綿関連疾患が多発しているのは、なぜだろう?」ということで、確認の濃度測定を行ったのです。古い船を持ってきて石綿除去をするとどうか。一番下の吹付け石綿(アスベスト)除去作業で311本/ml、これはmlですごい高濃度だった。他の場所の数値を測定していくと、1階上が109本/ml、2階上で30本/ml、それ以外でも25本/mlです。タバコの間接ばく露と同じで、実際に周囲広く、10分の1位の濃度になることが分かりました。ハリスの論文を元に、この図は私が一部改変して作ったものです。石綿は非常に飛散しやすく、ビルのある階で改築している時に他の階に住み営業している場合が実情ですが、実はどういう濃度になっているか、一目瞭然でわかります。

 石綿の性質を考えるときに大切なのは、非常に落下しにくいという性質です(14)。これは、3.2平方メートルくらいの吹き付け石綿を除去した翌日の床清掃時の濃度です。15分床を箒で清掃します。すると、リットルでいうと2万本くらいの石綿濃度になります。10時に除去をして3時間後の1時で7000本/L、8時間後の18時に3000本/L、22時の12時間たって500/L本、15〜6時間経ったところで床に落ちる。石綿は、わた(綿)ですから長い時間がかかって落ちる。右端にもう一度ピークがあります。これは作業環境測定士が、この測定を終了するために二人で現場を歩いた部分です。一度床に落下した石綿が飛散し、また3000本/Lくらいにまであがってしまい、二次飛散と言います。石綿は飛散しやすく、落下しにくい、という二つの性格をもっている事を理解することが肝心です。

 というわけで目に見えず拡散し、気づかずに吸入していることが大変多い物質です(15)。職歴を聞いても、「私はアスベストを使っていません。」と言う方が案外多い。私も造船の方をずいぶん診ましたが本人が、「アスベストは使っていないし、吸入していません。」という事が多かった訳です。「そばで石綿作業をしている方はいませんでしたか。」と、ハリスの調査を元にした図を見せる様になって、「ああ、俺はここだ。石綿作業から3階離れた所にいた。私は石綿を吸っています。」ということになりました。今後、医療関係の方にお願いしたいことは、「本人が吸っていない。」といってもすべてを信じてはいけないのです。今回のように科学的なデータに基づき石綿の性質をご本人に理解してもらい、聞いていただく事が大切です。

 アスベストの影響は個人差があります。たとえば500人の工場があり実際はラインで働いている方のほうが高濃度に吸っているはずですが、その開発にあたった研究者が先に中皮腫になってしまうということもあります。病気の潜伏期間は40年くらい。今後、被害が生じるだろうということと、今までどの製品に含まれているかという情報を、企業が使用者や専門家や消費者に知らせてこなかったということがあって、全体的に商品知識が少ないことが問題となっています。

 これは、1996年の石綿(アスベスト)消費の使用分野です。建築での使用が9割です(16)。

 日本の一般大気中の石綿濃度は、1Lに0.1〜0.2本です(17)。この会場にも当然ありますし、一日1440本くらいの石綿繊維を、皆吸いながら生きているということが基本にあります。ですから日本の成人の肺を解剖して調べると、全員からアスベスト繊維やアスベスト小体が出てきます。図は私たちのデータですが、職業曝露も環境ばくろ歴も共に全くない方でも、乾燥した肺1グラムで30本くらいの石綿小体が光学顕微鏡で検出されます。電顕でみると、乾燥肺1グラムに180万本くらいの石綿の繊維が全員から出るのです。石綿(アスベスト)繊維のほとんどは肺に留まりますが、リンパの流れから全身に回り、肝臓や腎臓、脳や心筋でもわずかですがアスベスト繊維が検出されます。しかしいくら石綿(アスベスト)が皮膚に触れていても皮膚癌は起きないし、飲み込んでも食道癌が起きないように、上皮系の細胞では肺以外ではガンを起こさないのです。内皮細胞系の血液や筋肉や脂肪細胞にも、肉腫をおこさない。石綿(アスベスト)は中皮細胞に対する反応性が高いと考えていただきたいと思います。

 石綿については非常に多くの疫学調査がされています(18)。今、産業衛生学会では、18歳から一日8時間、50年間、リットル150本のクリソタイルを吸い込む環境にいると、1000人に1人の方が中皮腫や肺がんで亡くなるとしています。クリソタイル以外ですと、1リットル30本の環境の中で、18歳から50年間、一日8時間、1年間に250日職業的に働くと、1000人に1人が中皮腫や肺がんになります。現在の大気環境は、リットル0.1〜0.3本くらいですが、今環境省及び自治体の担当者が、「1リットル10本が大気汚染防止法の石綿工場の敷地境界の濃度でこれ以下だから安全です。WHOも認めています。」という様なお話をすることが多い。ところが、あくまでこれは石綿工場の敷地境界で、仮にずっとそこにいたら、1リットル30本で1000人に1人が亡くなる訳です。こういう環境基準で良いのかということが十分に議論されていないわけです。おそらく今後、日本の環境基準としては、かなり下げないといけません。基本的には10万人に1人、100万人に1人が発症するくらいのレベルで環境基準を定めなくてはいけない。今の大気中でも、十分病気が起きている方がいるのではないかということが、今リスク関連の学者の間で問題となってきている訳です。

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