アスベストセンター医療講座
「悪性胸膜中皮腫に関する薬物療法の現況」追加情報

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質疑応答

Q:ご講演、どうもありがとうございました。非常に基本的なことですが、遺伝子の異常のような話になると、「生まれつき私は遺伝子がおかしいから、中皮腫になった」と誤解される方もでる可能性があります。今回のゲノム医療は、50~80代で中皮腫になって抗がん剤や免疫チェックポイント阻害剤の治療が成功しなかった方が、遺伝子のパネル検査を受けたら異常があったという意味でよろしいでしょうか? 生まれた時から遺伝子に必須の異常があり中皮腫になったという意味でなく、生きていく中で発がん物質のアスベストやその他の物質も加わって、そうした変化が起きたと考えて良いでしょうか。

A:今の遺伝子の検査は、基本的にはがん(肺がん・中皮腫)になった後の遺伝子の異常なので、今のお話はがんになった後の方の遺伝子異常という前提です。最近日本ではあまり聞きませんが、海外ではBAP1という遺伝子異常が遺伝性腫瘍の一つではないかと言われていて、海外では、アスベストだけでなくて、そのよう生来の遺伝子異常の側面もあるのではと言われています。日本でそのような事例があるかは現時点では聞いたことがありません。
BAP1は、中皮腫になった患者さんでかなり認められる遺伝子異常です。現時点ではがんによる遺伝子異常だと考えています。実際遺伝子の検査を受けると、可能性があるかどうかデータを見ると、ある程度分かる場合もあります。そのような場合は、それを確定するかどうか、遺伝の専門のカウンセリングを受けていただいて、考えるような場合もあります。

 

Q:子供のときにはないものが、途中でアスベストにより変わることも、否定できていないということですね。

A:基本的には多くのものは、がん(中皮腫)になった時にできた遺伝子異常と考えてもらっていいと思います。海外では、非常に頻度は少ないと思います。

 

Q:家族性の中皮腫も中には稀にある、そのような理解で、よろしいでしょうか?

A:家族性の中皮腫も稀にあります。そのような理解です。

 

Q:中皮腫はアスベストのせいでなくて、元からの遺伝子と言われる医師もいるので、そのようなこととは違うということですね。

A:多くの場合はそうですね。中には、まれにそのような例も、特に海外ではあると思います。

 

本講演では、2023年7月段階で今後の発展が期待される治療についても紹介されました。詳しく知りたい方は、こちらもご一読ください。

 

以下は、必ずしも私が推奨するものではない治療です。2023年7月時点において、腫瘍治療電場、CAT-T、マイクロRNA、ウイルス療法など、中皮腫にまつわるもので、いろいろ試みられている治療法を複数紹介しますが、いずれも確実なデータがそろった療法ではありません。

文献や資料を見て私が解釈したもので、その点を割り引いて話を聞いていただき、ご自身の責任でご判断くださればと思います。

 

腫瘍治療電場をご説明します(事務局注:2023年7月の情報です)。

背中に貼り付けますと電場が作用して1日18時間、抗がん剤と併用して使う、治療の仕組みになっています。アメリカのFDAで承認になっていて、普通は、臨床試験は比較試験がないと承認されません。なぜかFDAで、腫瘍治療電場(Tumor Treating Fields)は、一般的な中皮腫の治療に上乗せすると成績が良いということで承認されています。私はうさん臭いと思っていましたが、TTFieldsはなぜ効くかというと、交流電場を発生させて腫瘍成分、細胞成分に物理的な影響を及ぼし細胞分裂で阻害するようです。細胞ストレスが免疫応答誘導性の細胞死を起こして免疫反応が起きることが推察されています。今年のASCOで、肺がんにおいても良好な成績の発表がありました。肺がんのセカンドライン以降で、標準治療と電場の治療を加えたものとを比較する試験がありました。普通にセカンドラインの治療をやったものに比べると、電場の治療をやると生存期間が延びたということです。今後この治療がどのような展開を見せるかどうか分かりませんが、注目されているのではないかと思います。調べると日本で今、初発の膠芽腫に保険適用があるようで、オプチューンと言うそうですが、脳腫瘍の一部では、頭に貼り付ける形ですが、行われているような記載があります。(事務局注:2023年7月の情報です。)

 

次にCAR-T療法をご説明します(事務局注:2023年7月の情報です)。

CAR-T療法は、昔は「怪しいリンパ球療法」と言われていたもので、リンパ球を強力な武器に改造して投与するということで、血液の領域で先行しています。キムリアという薬で、リンパ腫だったかの治療薬になりますが、これを1回投与すると非常によく効きますが、1投与3,000万円ぐらいする。非常に高額な医療なのでどうだという意見もあります。理屈はT細胞を取り出して増やして体に戻すと昔の「怪しい」リンパ球療法でT細胞を改変してがん表面を認識するCARというものをつけます。さらに増殖シグナルを、細胞が死なずどんどん増えるよう遺伝子的に細工をすることによって、1回投与でキラーT細胞、がんをやっつけるT細胞が存在し続ける理論になります。

中皮腫の場合は、この対象が、メソテリンやGM2というものになります。これは要するにCARですが、細胞表面の標的を認識する抗体と、その中にCD28というシグナルを強刺激といいますか、活性化されるシグナルを内蔵しているような、少し特殊な細工をしているものになります。血液のがんでは理屈からありえますが、固形がんで本当に効くか長いこと議論されていました。固形がんに効くように山口大学玉田先生などが、色々なベンチャー企業で開発されていると聞きます。これは誰でも見られる、国立がんセンターの先端医療科のホームページです。GM2発現の進行性固形がん、胸膜中皮腫、小細胞がん、すい臓がんに、CAR-Tが登録受付中と書いてあります。実際は現在中断していたり1枠しかないなど、受付けているから誰でも受けられるわけではありません。

メソテリン悪性胸膜中皮腫対象に、CAR-Tというもので治療が行われています。CAR-Tではありませんが、同じようにメソテリンを標的とした、いろいろな細工をした細胞療法が効いたという報告が、まだ中身を読めていませんが、そのような開発が進んでいるというペーパーが出ていました。(事務局注:2023年7月の情報です。)

 

マイクロRNAの治療をご説明します(事務局注:2023年7月の情報です)。

横須賀共済病院は中皮腫が多いので、マスコミやホームページ等どのようなものだろうと興味があったので見ました。老化を誘導するマイクロRNAというものがあって、それを肺と腫瘍、胸腔中にマイクロRNAを直接入れ細胞に老化を誘導する治療と聞いています。胸水がたまってない方、薬を入れるスペースがないような人は対象になりません。近畿大学と広島大学病院で今もやっているらしいです。ただ、実際に誰でも受けられるかというと必ずしもそうではないということと、かなり開発早期のお薬なので、海のものとも山のものともまだ分からない段階の治療なので、紹介したからこれを勧めるというわけではありませんが、一応、このような試験が行われているということを紹介しました。(事務局注:2023年7月の情報です。)

 

ウイルス療法をご説明します(事務局注:2023年7月の情報です)。

 自分はいろいろな腫瘍のことにも関わるので、最近、脳腫瘍で、このウイルス療法が少し進んでいます。東大医科研でしか今はできませんが、ウイルスを感染させるとそのがん細胞だけで特異的に増えて、がん細胞をやっつけていって、正常細胞には害を与えません。膠芽腫はあまり質の良くない腫瘍ですが、この治療をやると、何もしないことに比べて生存期間が延びたということで、個人的には注目しています。中皮腫に関して言うと、もう試験は終了したということなので、現在は行われていませんが、結果が出てくるか出てこないか分かりませんが、期待はしています。(事務局注:2023年7月の情報です。)

 

最後にがんゲノム医療のご説明をしたいと思います(事務局注:2023年7月の情報です)。

 がんゲノム医療は、ゲノム情報に基づく薬物療法と言われています。標準治療がないがんや、標準治療が終了した患者さんに、がんの遺伝子パネル検査(1個ではなく何百個の遺伝子を同時に調べて治療につなげられないかという検査)を行います。2年〜3年ぐらい前から保険で行われるようになりましたが、保険点数58万円もかかる高い検査です。保険適用ですが、2~3割の自己負担で10~17万円です。この検査で何か治療薬が見つかった人は10%弱なので、9割方の人は検査をしてもなかなか結びつかないということと、何のがんかによっても変わってくるのではないかと思います。

 細かなデータは見られませんが、概要に関しては、一定の手続きを取れば公開していいと言われています。C-CATのデータから、中皮腫に関するデータを抜いてきました。2023年6月20日時点までで、56,844件中で中皮腫の検査は117例で行われていました。上皮型が57名、二相型が8名、肉腫型が10名です。全部で117名にならないので、入力されていない方もあるかと思います。治験等を考えるので50~70歳代で、80歳代の人が少し、男性が多いです。遺伝子異常が多いかは少し難しい話になりますが、CDKN2A、BAP1、CDKN2B、NF2、MTAPというような遺伝子異常が上位に挙がってきています。実際に治験に入った人がどうか見てみました。治験は10何例あるように見えましたが、4次治療や5次治療、回治療ではなく標準治療がなくなった人で治療を受けたらしい人は1人しかデータ上で確認できませんでした。中皮腫の遺伝子異常は古くから知られていて、診断の補助にもすでに使われています。BAP1やMTAP、CDKN2A、NF2、中皮腫になった方の遺伝子異常は、実はすでに診断の補助としても使われているという状況になります。

 このような検査での狙いは、一つは、保険治療で可能な選択肢が増えればいいということです。NTRAK遺伝子異常は、この遺伝子異常が何のがんでも、エヌトレクチニブ、ラロトレクチニブという薬が使えますが、頻度的には、1,000人に数人いるかいないかと言われています。遺伝子変異の数が多かったり、今日は詳しく説明しませんが、MSI-highという状態であれば、ペムブロリズマブ、キイトルーダが一応、保険適用で使えます。ただ、中皮腫の場合はすでにニボルマブが保険で使えるので、上乗せで使える選択肢にどれだけ意味があるかは、なかなか不明な点があります。

 実際、このような遺伝子検査をやると、このような感じの結果が返ってきています。これは実際の患者さんのデータそのものではなくて、こちらで適当に改変しているので、このような感じで返ってきますが、先ほどお話ししたように、マイクロサテライトというところにhighと書いてあればペムブロリズマブが使えるし、Tumor Mutational Burden、遺伝子変異の数が10以上と書いてあればペムブロリズマブが使えますが、中皮腫の患者さんで見ると、117例のうち、10以上は3例ぐらいでした。

 それ以外に何か治療の効果が期待できるような遺伝子異常はないかということで、これは免疫染色の結果ですが、ALKは、肺がんで分子標的薬がすでにあって、すごく効くと言われていますが、一応、そのようなものが、免疫染色で見つかりました。先ほど言いましたNTRKも、見つかったという報告になります。これはあくまで免疫染色なので、このような遺伝子異常を持っている人にそのような実際のお薬を投与したら効くかどうかは謎のままですが、NCCNのガイドラインでは、レアな遺伝子異常もあるので、このような遺伝子検査もやる意義はあると記載されています。

 ALKという遺伝子があれば、非常に薬の効果が高いし、それなりに治療につながる可能性もあるのではないかと思います。ほとんどが腹膜中皮腫の患者さんで、逆に言うと、腹膜中皮腫であればALKの融合遺伝子があるかもしれないので、パネル検査を受ける意義はあるのかもしれませんが、胸膜中皮腫で調べた限りでは、この1例ぐらいしかありませんでした。これは難しいので、飛ばします。

 治験ですが、治験には、第1、第2、第3相とあります。今言った遺伝子異常に基づく、先ほど言ったような、保険でできる薬や、肺がんで薬が開発されているようなものは、少し段階が右の方です。このような多くの遺伝子異常に基づく治療は第1相、先ほどのCAR-Tもそうですが、第1相です。いわゆる、薬が安全に投与できるかどうかという段階のものになります。ですから、基本的に患者さんがやりたいと言っても、年齢が75歳以上、80、高齢になるとだめと言われますし、ちょっとした合併症があってもだめですし、がんセンターに毎週通うぐらいの元気がないとだめと言われます。意外と多いのが、中皮腫だと時々、変な肺炎を起こして、薬が関係するような肺炎を起こすとだめだというように、このような試験にはなかなか入れません。それから、測定できる病変や、もう1回組織を取らなければいけないなど、いろいろな要件がついていて、このようなものがなくて、さらに患者さんの病気がちょうど悪くなって、治療を変えるタイミングで、治療の枠が空いたという、タイミングが良くないと、なかなか入れません。安全性も効果も分からないので、ある先生は「がんセンターに行ったら、これはボランティアと思って受けてください」と言われたと聞いていますし、ある患者さんからは、「これはモルモットですか」と聞かれたこともあります。

 実際、中皮腫を対象に、先ほど言った、CAR-T以外の試験が行われているかというと、表向きは、先ほどよく出てきたMTAPやCDKN2A、中皮腫とは書いていませんが、中皮腫でよく出てくるような遺伝子異常に対して、薬の阻害剤の治験が表記されています。ただ、これは今、募集していないと聞きました。これも悪性胸膜中皮腫対象にこのような臨床試験が行われていますが、では今、枠が空いているかというと、そのようなわけではなさそうだとも聞いています。

 このような遺伝子異常に基づく治療戦略、これは少し前のアメリカの論文ですが、中皮腫でよく見るような、先ほど言った、BAP1 lossや、CDKN2A mutationや、NF2 mutationなどの、頻度の多い遺伝子異常に対して、治療の開発がなかなか進んでいないことは事実ですが、このようなことが考えられています。

 これは、アメリカで行われている臨床試験です。Umbrellaといって、中皮腫の患者さんで、いろいろな遺伝子異常があれば、それに応じて薬を割り振っていくという、傘の骨組みのような形で治療を割り振っていく臨床試験が行われて、幾つかのものは、結果が出ています。ただ、肺がんのように、すごく効いたかというと、現時点ではどれも微妙な結果で、がんのゲノム検査はどんどん進んでいますが、治療の開発という点ではまだまだ、特に日本ではさらにまだまだというような印象があります。(事務局注:2023年7月の情報です。)