The Concentration of Asbestos and the Risk of Buildings
石綿累積ばく露量(石綿濃度×石綿ばく露期間)と石綿関連疾患の発症には関連がある。肉眼で異常ないように見えても石綿が高濃度であれば将来の健康を考え注意する必要がある。石綿のリスクを知るためには、各種環境の石綿濃度、石綿の周囲への飛散濃度、再飛散濃度など様々な石綿濃度のオーダーに関する理解が欠かせない。
職業性石綿ばく露は、高濃度から低濃度まであり得る。Reitzeは吹付け部20~100f/mLの際に、22.5m離れた場所の石綿濃度を46f/mLと報告しており、吹付け石綿が周辺に広く飛散したと報告した(W. B. Reitze et al. (1972). Application of Sprayed Inorganic Fiber Containing Asbestos: Occupational Health Hazards. Am. Ind. Hyg. Assoc. J., 33(3), 178-191.)。1999(平成11)年飛散事故があった文京区の報告でも15m離れたバルコニーでも1f/mLを超える石綿濃度が報告されている(文京区立さしがや保育園アスベストばく露による健康対策等検討委員会(編) (2003). 文京区立さしがや保育園アスベストばく露による健康対策等検討委員会報告書 平成15年12月, 文京区福祉部保育課, pp1-186.)。石綿含有建材の切断や加工・掃除作業時は数f/mL~数百f/Lの中等度の石綿濃度の場合が多かったことが報告されている(文京区報告書)。その他の石綿製品の職業性ばく露では、数十f/L~百f/Lの低濃度職業性ばく露も多いと考えられている(HVBG (Hauptverband der gewerblichen Berufsgenossenschaften) (2007). BK-Report 1/2007 Faserjahre, pp1-255)。
Robert N Sawyerは、家族ばく露を考慮した石綿濃度測定を行った(Robert N. Sawyer (1977). Asbestos exposure in a Yale building: Analysis and resolution, Environmental Research, 13(1), 146-169.)。飛散防止抑制剤を散布した状態の吹付け石綿除去作業で石綿濃度が8.2f/mLの場合、洗濯作業時の濃度は0.4±0.2f/mL(最大値1.2f/mL)で洗濯後乾燥機に入れる濃度は0.0f/mLだった。家族ばく露は職業性ばく露の1/20前後の濃度となり水洗後に石綿は水に流れて服の石綿濃度がゼロとなることがわかる。
吹付け石綿のある部屋の石綿濃度は、吹付け時の仕上げ状態、吹付け時からの時間の経過による経年劣化やその他の要素によって異なるが、大気とほぼ同程度の場合、大気濃度より少し高い0.数f/L程度、1f/L~数十f/L(0.001~0.0数f/mL)という測定値を示す場合が多い(文京区報告書、労働科学研究所 (1987). 墨田区有施設等の吹付け材の分析及び室内浮遊粉じんの調査報告書 昭和62年11月 pp1-20、環境省 平成19年度アスベスト大気濃度調査結果について(お知らせ) (最終閲覧日2010年5月6日)。
一般大気の石綿濃度は0.1f/L~0.3f/Lが国内測定では、多く得られた濃度の値である(環境省 平成19年度アスベスト大気濃度調査結果について(お知らせ) 最終閲覧日2010年5月6日)。
日本では石綿の環境濃度、建築物内石綿濃度が決められていない。環境省が定める(石綿工場における)敷地境界濃度は、一般環境で許容される石綿濃度ではない。2009(平成21)年に国土交通省が行ったヒアリングで、石綿の敷地境界濃度基準を定める作業に参加した有識者は「1989(平成元)年に大気汚染防止法において工場敷地境界の規制基準を10f/Lとした根拠」を説明した(国土交通省 社会資本整備審議会建築分科会アスベスト対策部会(第6回)資料3別紙4別添2 )。「WHO環境保健クライテリア53(1986年)において、一般住民の石綿に起因するリスクを定量化するのは困難であり危険性は検出不可能なほど低いとされていたこと、世界の都市部の大気中濃度が1f/L~10f/Lであった」ことだとした。また工場敷地境界の規制基準を10f/Lとしたことについては、「工場敷地境界と一般居住地には10m~20mの空間を仮定したものであり、室内濃度の安全性を工場敷地境界の規制基準の10f/Lと比較するのは間違いだ。」としている。
建築物の石綿飛散に関して、初期に精力的に調査した石綿濃度の結果を次に示した。
表 空気中の石綿濃度の比較 (Sawyer (1977)を基に名取作成)
大気より20f/L高い自然落下(経年劣化)、人による接触、再飛散した場合の石綿濃度の測定結果を踏まえて、建築物内の石綿の動態は以下の状態になっていると考えられている。
図 天井からの石綿繊維による汚染状態の概念(Sawyer (1977)を基に作成)
現在も工期や工費などの制約を受けて十分な飛散防止対策がとられないまま、飛散ばく露を発生させた石綿除去工事が報道、報告される。飛散後しばらく経過した後に石綿濃度の測定が実施される場合が多いが、飛散時点での石綿濃度を知っておくことは、今後の建築物における石綿対策の基本であり、リスク管理の基本でもある。図は、文京区さしがや保育園の、掃除の再現実験の石綿濃度のデータである。石綿の沈降には14時間かかり、最後に容易に再飛散することが示されている(文京区報告書)。
図 作業終了時の床掃除作業のアスベスト濃度の経時変化
アメリカ合衆国労働省労働安全衛生局、WHO、EPA、Hughes、日本産業衛生学会、などは、過去の疫学調査に基づいて確立した石綿の累積ばく露量と肺がんまたは中皮腫の発生頻度の関係について式を示している。下記はアメリカ合衆国労働省労働安全衛生局による代表的な式を示した。(アメリカ合衆国労働省労働安全衛生局(編) (1990). アスベストの人体への影響, pp1-180, 中央洋書出版部.)
ばく露人口100万人当たりの肺がんによる生涯過剰死亡数の推定値
=(LCDR(age)×KL×F×dt-p)×(ALIVE(age)/105)
ばく露人口100万人当たりの中皮腫の生涯死亡数の推定値
=(KM×F×((t-p)e-(t-p-d)e))×106×(ALIVE(age)/105)
=(KM×F×((t-10)3-(t-10-d)3))×106×(ALIVE(age)/105)
KL:疫学調査結果から推定した石綿ばく露濃度と肺がんの量反応直線の傾き=7.746×10-3
KM:石綿ばく露濃度と中皮腫の量反応直線の傾き=7.746×10-9
p:潜伏期間(年)=10年
e:指数項のべき乗. モデル式の適合性から求められた定数=3
LCDR(age):1歳年齢階級別肺がん死亡率(対100万人)=当該年における男性の結果
ALIVE(age):1歳年齢階級別生存数=当該年における男性の生命表
F:石綿ばく露濃度(f/mLで表されたばく露濃度)
d:石綿ばく露した年数
t:初めて石綿ばく露してからの年数(潜伏期間)
石綿ばく露濃度(F)は、肺がんでも中皮腫でも乗じられるため、高い濃度であれば、中皮腫も肺がんも発症が比例して増加することがわかる。一方、ばく露時期と期間(年数)も、長い方が問題であることがわかる。肺がんは、石綿ばく露した年数(d)が濃度と年数の積となるので単純に比例する。中皮腫は、潜伏期10年を減じた上で初ばく露からの年数が3乗されるため、初ばく露年が若い場合ほど生涯で中皮腫になりやすいこともわかる。
石綿関連疾患、特に肺がんと中皮腫では、一定の石綿濃度とばく露期間(滞在時間)に応じて、生涯の健康リスクを推定することが容易にできるようになっている。リスク評価モデルの参考例を表にまとめて示した。日本では産業衛生学会が職業ばく露のための許容濃度を決定するために使用したモデルがある。クリソタイルのみの石綿1f/mlに16歳から50年間計96,000時間ばく露した場合、過剰発がんリスクは1,000人当たり肺がん2.96人、中皮腫3.59人の計6.55人となる。同委員会ではこの数値を換算した評価値を、クリソタイルのみのばく露のときの10-3リスク(1,000人に1人)として0.15f/mlと勧告している(平成12年4月25日日本産業衛生学会許容濃度等に関する委員会 (2000). 発がん物質の過剰発がん生涯リスクレベルに対応する評価暫定値(2000)の提案理由石綿(アスベスト) [CAS No. 1332-21-4]. 産業衛生学雑誌, 42, 177-186.)。WHOは喫煙者と非喫煙者との比較で示し(WHO Regional Office For Europe, Copenhagen, Denmark, 2000 Air quality guideline for Europe: Second Edition. PDFファイル (最終閲覧日2010.12.31)、EPAは生涯ばく露のリスクをそれぞれ示している(U. S. EPA Integrated Risk Information System: IRIS(1993年7月1日改訂, 2002年2月22日)アスベストの肺がんと中皮腫を併せたユニットリスク)。Hughesモデルは学童が学校の吹付けの石綿にばく露した場合のリスク評価を行っている(J. M. Hughes and H. Weill (1986). Asbestos exposure-quantitative assessment of risk. Am. Rev. Respir. Dis. 133(1), 5-13.)。
表 リスク評価モデルの参考例