建築物と石綿関連疾患

Buildings and Asbestos Related Diseases

① 建築物による石綿関連疾患 世界の報告

 建築物による中皮腫は海外の論文で多く紹介されてきた。1989年R. C. Steinらは15年間70%のアモサイト吹付けの事務所で働いた54歳女性が胸膜中皮腫になったと報告、乾燥肺1gに3,100万本の石綿小体を透過型電子顕微鏡で認め肺内繊維の90%がアモサイトだった(R. C. Stein et al. (1989). Pleural mesothelioma resulting from exposure to amosite asbestos in a building, Respiratory Medicine, 83(3),237-239.)。1991年V. L. Roggli は、吹付け石綿のあるビルに20年勤務した46歳男性の肺がん事例、吹付け石綿の学校で18年働いた胸膜中皮腫の教員、腹膜中皮腫で12年学校に勤務した男性、ビルで18年過ごした胸膜中皮種の4例を報告した(V. L. Roggli et al. (1991). Mineral fiber content of lung tissue in patients with environmental exposures :household contacts vs. building occupants. Ann. N. Y. Acad. Sci., 643, 511-518.)。1991年Henry A. Andersonらは、学校用務員10名、公共ビル管理労働者7名、民間ビル管理者5名、産業補修労働者7名、教員12名、合計41名の中皮腫を報告した(Henry A. Anderson et al. (1991). Mesothelioma among Employees with Likely Contact with in-Place Asbestos-Containing Building Materials, Ann. N. Y. Acad. Sci., 643, 550-572.)。1999年にGunnar Hillerdalは建築物による中皮腫事例として教員14名、学校補助員1名、事務員1名、女性事務員1名と、自宅の石綿断熱材が原因と考えられる6名の合計23名を報告した(Gunnar Hillerdal (1999). Mesothelioma: cases associated with non-occupational and low dose exposure. Occup. Environ. Med., 56(8), 505-513.)その後海外で建築物関連の報告が続いている。

② 日本の報告 文具店の中皮腫発症の事例

 日本では2004(平成16)年に吹付け石綿のある建築物の例として、名取らが店舗の勤務が原因で発症死亡した悪性胸膜中皮腫の1例を初めて報告した。70歳男性、家族ばく露なし、自宅居住地近隣に石綿工場はなかった。1969(昭和44)~2002(平成14)年、私鉄駅高架下にある文具店で店長として勤務、文具店は1階が店舗で2階が倉庫で2階倉庫の壁に吹付け石綿が使われていた。石綿はクロシドライトが25%含まれ、文具店2階の静穏時の石綿濃度は1.02f/L~4.2f/L、2階に荷物搬入時の濃度は14.0f/L、2階清掃時の濃度は136.5f/Lで、文具店1階は0.34f/L~1.13f/L、文具店外の大気中の濃度は定量下限値だった。文具店の勤務が胸膜中皮腫発症の原因と考えられ、物故者の剖検肺からクロシドライトの石綿繊維や石綿小体が検出された(名取雄司、外山尚紀、片岡明彦他 (2004).吹き付けアスベストのある店舗での勤務が原因で発症したと考えられる悪性胸膜中皮腫の1例, 産業衛生学雑誌, 46, 550.)

③ 日本の建築物における石綿関連疾患(中皮腫・肺がん等)発症の事例

 厚生労働省は、中皮腫や肺がんで業務上疾患として労働者災害補償保険(労災保険)または石綿救済法(時効労災)で認定された人を公表してきた。石綿製品作業に従事していないで吹付け石綿による建物ばく露で石綿関連疾患となり業務上とされた方の集計方法は、PDFファイル脚注 を参照していただきたい。「吹付け石綿のある部屋・建物・倉庫等での作業(建設業以外)」第1表による石綿関連疾患は、2007(平成19)年度以前に42名、2008(平成20)年度に11名となり、2013(平成25年度)年までの集計で累計105名である。105名の内訳は、中皮腫71名(労災63名、時効労災8名)、肺がん26名、石綿肺3名、良性石綿胸水2名、びまん性胸膜肥厚3名、である。(石綿ばく露作業による労災認定等事業場一覧表(平成26年度以前認定分) (最終閲覧日、2017年5月30日)

詳しくは、PDFファイル 参照(厚生労働省石綿ばく露作業による労災認定等事業場一平成25年以前分)

公表事業場に関する留意事項

  1. 肺がん、中皮腫等の石綿関連疾患は30年から40年もの潜伏期間の後に発症することから、最後に石綿ばく露作業に従事した事業場において労災認定等を行っている。
  2. したがって、石綿ばく露作業による労災認定等事業場として公表する事業場は、労災認定等された被災労働者の最終石綿ばく露事業場なので、必ずしも公表した事業場における石綿ばく露が原因となって石綿関連疾患に罹患したとは限らない。
  3. 公表する事業場の中には、石綿の取扱いがごくわずかである事業場や出張作業現場における間接的なばく露である事業場を含んでいる。このような事業場であっても、労災認定等された被災労働者の最終石綿ばく露事業場であれば、事業場公表の対象としている。
  4. 公表事業場のうち、製造業の事業場は、通常、石綿ばく露作業場所と同一である。ただし、その事業場が、船舶製造又は修理業、窯業又は土石製品製造業等の構内下請け事業場である場合、または出張作業において石綿にばく露している場合は、通常、その事業場の事務所の所在地と実際に石綿ばく露作業を行った場所とが異なり、公表事業場の事務所の所在地においては石綿ばく露作業が行われていない。
  5. 建設業の事業場の場合(第2表)には、通常、事業場の事務所の所在地と異なる場所(現場)で石綿ばく露作業が行われているため、公表事業場の事務所の所在地は、石綿の飛散のおそれがない場所である。
  6. 建設労働者の多くは、事業場を転々としながら多数の建設現場で就労する中で石綿ばく露作業に従事しており、最後に石綿ばく露作業に従事した現場を持つ事業場において労災認定等を行っている。このため、建設業の事業場については、実際の現場での石綿ばく露はわずかであったにもかかわらず、最終石綿ばく露事業場として公表しているものがある。