Appendix: II-1
建設のアスベスト訴訟をめぐり、被災者側医師と石綿製造業(に推薦された医師)の論戦が訴訟で現在も行われています。なお2025年8月に建設アスベスト訴訟の早期の原告500名中400名、8割がアスベスト製造業の7社と和解しました。
【2】環境省「中央環境審議会 石綿による健康被害の救済のあり方に関する専門委員会(第1回)議事録」
【3】環境再生保全機構『石綿による健康被害救済制度について』
【4】環境省「中央環境審議会 環境保健部会 石綿健康被害救済制度小委員会 報告書(第二次答申)」
( 阪本将英 )
じん肺(石綿肺)は、じん肺法制定後の1960年度以降1970年代から 2020年代までじん肺患者同盟やじん肺弁護団等が石綿製造業や造船業 等で行政訴訟や企業賠償訴訟等を積み重ね、労災制度の運用や認定基準 に労使行政の様々な意見が反映されてきています。
2025年度に労災の 実務を記載した「じん肺診査ハンドブック」が、1977年以来48年ぶり の改定となります。従来の被災者に不利なCT像の導入、職歴調査の不 備、痰の検査等の問題を見直す年を迎えます。じん肺診査ハンドブックが2026年4月に改訂版が配布され運用開始以降に、説明は追加して参ります。
2026年1月時点では、2025年11月27日に じん肺に詳しい13名の医師による厚労省パブリックコメント の共同意見を添付いたします。ご参考ください。
詳しい資料と根拠について知りたい方は、書籍に関連したWEBサイトのQRコードをご参照ください。(名取 雄司 記載予定)
詳しく知りたい方は、当サイトの「後腹膜繊維症について」のページをご参考ください 最終閲覧日:2025年5月30日)
肺がんの認定基準をめぐって,注目すべき裁判のひとつが「旧国鉄・JR裁判(国鉄裁判)」です。この裁判は,元国鉄の労働者が長年にわたって石綿(アスベスト)にさらされていたにもかかわらず、2012年に変更された新しい労災認定基準に基づいて肺がんとして認められなかったことに対して,その不当性を訴えたものです。
問題になったのは、2012年からの厚生労働省の新しい基準では,「肺の組織1gあたり5000本以上の石綿小体」が検出されなければ労災とは認めないという内容に変わった点です。これは,石綿による肺がんの発症リスクが,一般の人(非曝露者)に比べて2倍以上であることが疫学的に確認できるかどうかを目安にしており,「5000本」という数値はそのリスクの裏付けとして導入されたものでした。つまり,曝露の程度を肺の中の石綿小体の本数で評価し,その数が一定以上でなければ「2倍以上のリスクがある」とは見なされないという理屈です。本件の原告については,肺のなかの石綿正体が約1000本しか見つからなかったために,この基準を満たしていないと判断されてしまい、労災と認定されませんでした。
この裁判は,2018年1月に横浜地裁で原告が敗訴,同年11月に東京高裁でも敗訴し,2019年6月に最高裁も上告を退けたことで,国側(厚労省)の主張を認めた形で敗訴が確定しました。
この判決では,裁判所が自ら「石綿ばく露作業に長く従事しても肺がんの発症リスクは2倍にならない」と判断したわけではありません。そうではなく、「厚生労働省が疫学的知見をもとにそのように判断し,それを基準として運用することは,行政の裁量として許される範囲内である」とした点が重要です。
この判決を契機として,アスベストによる肺がんの労災認定申請件数は著しく減少しました。なぜなら,裁判所が厚生労働省による厳格な認定基準となる「肺組織1gあたり5,000本以上の石綿小体」という数値を追認したことで、行政判断に異議を唱えて裁判を通じて争うことのハードルが極めて高くなったからです。その結果,制度としては「形式的な合理性」は維持されたものの、被害者にとっては,労災認定を受ける道はいっそう狭まりました。すなわち、制度が掲げる救済の理念と、実際に運用されている制度の実態との間には、深刻な乖離が生じているのです。
今後は、裁判の結果に屈せずに、行政訴訟を続けていくことで、肺がんの認定基準を変えていくことに取り組んでいかなければなりません。
(阪本将英)
労災補償制度においては、補償額の算定基準として「平均賃金」が用いられています。これは、労災発生前の3か月間(例えば、中皮腫や肺がんなどを発症した時点から直前の3か月)の賃金総額を日数で割った額であり、発症時点の賃金水準がそのまま反映されます(労働基準法第12条 )。しかし、アスベストによる健康被害においては、曝露から発症までの潜伏期間が非常に長く、30年から40年を経て発症することが多いため、この制度設計と大きなずれが生じます。たとえば、若年期にアスベスト工場で長年働いた労働者が、定年退職後の60代で中皮腫を発症した場合、被害者はすでに無職、あるいは非正規雇用で低賃金という状況が少なくありません。そのため、平均賃金が非常に低くなり、結果として補償額も著しく低下してしまうという不合理が生じています。
さらに、障害補償年金や遺族補償年金、傷病補償年金などの(年金型の)補償もすべて平均賃金を基準に計算されるため、高齢で関連疾病を発症した場合には長期的な支援も十分に受けられない状況があります。これは、一見公平に見える制度(同じルールを適用する)であっても、被害者の実態(若年期の長期曝露)を反映できていないという点で、実質的には公平性に欠けているといえます。
したがって、同制度の補償額の算定基準については、「発症時点の平均賃金にもとづく算定方式」から、「曝露期間の賃金や生涯賃金、さらには最も賃金が高い時期を考慮した評価方式」に転換する必要があります。
アスベスト被害のような「ストック型災害」においては、発症時点を基準とする労災制度の枠組みでは限界があり、今後は曝露経過や被害構造を反映した新たな補償評価方式の導入が求められています。
(阪本将英)
労災においては、原則として「業務上の事由による負傷・疾病・障害または死亡について、政府に対して補償給付の請求をする権利は2年間で時効にかかること、また、障害・遺族給付などの長期給付については『行使可能時から5年』」とされており(労災保険法第42条)、これは請求主義を前提とする制度の根幹を成しています。【厚生労働省「災害補償請求権及び保険給付請求権に係る消滅時効について」】 しかし、アスベスト被害のように曝露から発症までに長い潜伏期間を要する疾病においては、2年ないし5年という時効期間は制度上の大きな壁となっています。
実際に、中皮腫や石綿肺、肺がんといった石綿関連疾病で亡くなった労働者の遺族が、死亡日から2年ないし5年以内に労災補償を請求しなかった場合、その権利は時効によって消滅してしまいます。特に中皮腫や肺がんは、発症時にはすでに労働者本人が死亡しているケースも多く、遺族が労災申請を行おうとしても、被災者の死亡時点を起算点として2年または5年以上が経過しているという事例が少なくありません。
こうした「救済漏れ」を補完するために、石綿救済制度では、労災の時効により申請できなかった遺族を対象とする「特別遺族給付金(特別遺族年金または一時金)」が導入されました。当初は施行前に死亡した者の遺族に限定されていましたが、2008年と2011年の制度改正により請求期間が延長され2016年3月27日以降の死亡事例も対象となりました。【環境省(2016「石綿健康被害救済制度の施行状況について」】
さらに2022年の法改正により、特別遺族給付金の請求期限および対象者に関する死亡時期が大幅に拡大されました。具体的には、未申請死亡者の遺族については、死亡から25年間(以前は15年)請求が可能とされ、また特別遺族給付金の対象となる死亡時期も、制度施行日から20年間(2006年3月27日~2026年3月26日)に延長されました。【参議院「石綿による健康被害の救済に関する法律の一部を改正する法律案(衆第37号)」(厚生労働省)】 。この改正により、「死亡後10年以内の請求期限が事実上撤廃された」と捉えることもできますが、これは労災制度自体の時効規定を改正したものではなく、あくまで石綿救済制度の枠組みにおいて時効にかかった事案への「例外的救済措置」が拡充されたものです。すなわち、労災保険法における2年ないし5年の時効規定そのものは現行のままであり、今回の措置は労災と石綿救済の制度的補完関係にもとづく時限的な調整措置に過ぎません。
したがって、今後は、時効制度の見直しとともに、潜伏性疾患に対応した柔軟な法制度設計、石綿救済制度のさらなる改善および周知、そして労災制度との連携の強化が、被害者や遺族の権利を守り救済および補償を実現するうえで重要な課題となります。
(阪本将英)
伊藤明子(2021)「アスベスト被害に対する『責任』-裁判における到達点-」『環境と公害』50巻3号,56-62頁
大塚直(2020)『環境法(第4版)』有斐閣
環境再生保全機構(2023b)「石綿健康被害救済制度における平成18~令和3年度(2006~2021 年度)被認定者に関するばく露状況調査報告書」
環境再生保全機構(2023a)「資料令和4年度石綿健康被害救済制度運用に係る統計資料」
厚生労働省「石綿による疾病に関する労災保険給付などの請求・決定状況まとめ(確定値):平成18年度版~令和4年度版」
清水謙一他(2022)「建設アスベスト訴訟が切り開いたもの」『環境と公害』51巻3号,26-34頁
名取雄司(2012)「石綿肺がんの認定基準に関する意見書」
日本疫学学会監修(2023)『疫学の事典』朝倉書店
吉村良一(2021)「アスベスト救済制度のあり方」『環境と公害』50巻4号,42-49頁
労働基準局労災補償部補償課職業病認定対策室(2008)「石綿による健康被害に係る給付の請求・決定状況について(平成19年度)」
全国安全センター(2023)「労働時効救済が大幅増三度目の救済法改正の成果」『安全センター情報』,2024年1・2月号,3-31頁
総務省統計局(2023)「都道府県別人口と人口増減率」
(https://view.officeapps.live.com/op/view.aspx?src=https%3A%2F%2Fwww.stat.go.jp%2Fdata%2Fnihon%2Fzuhyou%2Fn230200200.xlsx&wdOrigin=BROWSELINK)
以下は,公健制度に関連する資料・文献
淡路剛久(1978)『公害賠償の理論(増補版)』有斐閣ブックス。
淡路剛久(1986)「公健制度の指定地域解除問題について」『公害研究』 16巻2号、16~22ページ。
植田和弘(1990)「費用負担論から見た公害健康被害者補償制度」『人体に影響する環境リスクの社会的評価』 (文部省重点領域研究「人間環境系」 研究報告集 G027 N26-01),112-121ページ
環境省環境保健部(2005)『平成15年度大気汚染に係る環境保健サーベイランス調査結果』
環境庁環境保健部(1993)『公害健康被害補償制度統計資料』。
環境庁公害健康被害補償制度研究会編(2000)『公害健康被害補償・予防関係法令集』中央法規
環境庁大気保全局(1986)『大気汚染健康影響調査報告書(昭和55~59年度)』。
公害健康被害補償制度研究会編(2005)『公害健康被害補償・予防の手引き』新日本法規。
清水誠(1986)「公害健康被害補償法の本質的問題 -専門委員会報告をどう受けとめるか-」『公害研究』第16巻第2号、9-15ページ
(阪本将英)