特集:「築地市場解体工事に伴うアスベスト撤去に関するリスクコミュニケーションの実施」

第1回 築地市場解体とアスベストリスクコミュニケーション

The Risk Communication Cases

 2018年10月11日から数日かけて、築地市場の卸業者、仲卸業者は豊洲新市場に移転した。テレビの各放送局は早朝から、築地市場特有の荷物運搬車ターレ(ターレット)が、隅田川に架かった橋を延々と行列をなして渡っていく姿をニュース番組で流した。このデモンストレーションの直後から、築地市場の解体工事が着手された。築地市場には大量のアスベスト建材が取り残され、大がかりなアスベスト撤去工事が実施されていくことになった。

リスクコミュニケーションの始まり

  2018年5月11日、東京都中央卸売市場築地市場施設課から、築地市場の解体に伴うアスベスト除去工事について相談したいとの申し入れがあり訪問を受けた。

 私は1975年から築地市場の仲卸店で働き、77年頃から「魚市場労働組合」(魚市労)を市場内の労働者とともに結成、合同労組として市場内の労働問題に取り組んできた。90年代には築地市場再整備事業が計画され、市場機能を維持したまま、市場の建物の建て替え工事を同時に行うという、大変危険な工事計画が進められていた。再整備工事は当時1,000店舗ほどあった仲卸店舗がひしめき合う狭隘な市場内のすぐとなりで、工事のダンプカーがターレットとすれすれで行きかうようなスクラップアンドビルド工事で、順次解体される建物には吹付けアスベストを含むさまざまなアスベスト建材が使われていた。

 都市場当局と築地市場の環境問題について協議してきた魚市労は、91年9月5日、再整備工事に伴うアスベスト問題について理解し学ぶための学習会を築地市場内の厚生会館で開催し、当時東京労働安全衛生センターの前身の東京労災職業病センターの、新進気鋭の飯田勝泰氏を講師にお迎えした。

 魚市労は92年から築地市場内で行われるすべてのアスベスト撤去工事について、工事の事前説明、工事後の報告を行うことを市場当局に約束させ実践してきた。具体的には、解体工事・改修工事が計画されアスベストがあることが判明していれば、レベル1,2,3を問わず、工事発注前に市場施設課から永倉に連絡があり、都による事前の工事説明会が開かれた。工事説明会では魚市労と時にはアスベスト根絶ネットワーク(アスネット)が参加し説明を受けた。次に、工事が発注され工事業者が決まると、工事業者に施工計画書に基づいて工事の説明をしてもらった。この際には養生の範囲やセキュリティールームの設置場所、負圧機の排気口の場所の確認など、かなり細かい変更等を要請することもあった。また、工事現場を見学し、工事中に養生の確認等も行うことがあった。工事が終了すると濃度測定結果の報告等を受けた。このようにアスベスト除去工事のたびに3回程度の説明を受ける工事を繰り返し私が築地市場での仕事を辞める2012年頃まで、50~60件ほどの工事現場を見てきた。90年代からアスベストに関するリスクコミュニケーションが実践されてきたのは築地市場のほかにはあまりなかった。その意味では、歴代の築地市場施設課の職員は他の自治体に先んじてアスベストリスクコミュニケーションを実践してきた実績がある。また、私自身も大変貴重な経験をそこで積んできたと思う。

築地市場解体に伴うアスベストリスクコミュニケーション

 築地市場の市場機能が豊洲新市場に移転し、築地市場の解体に伴うアスベスト対策が求められることについては、移転が言われ始めたころから私は気づいてはいた。気づいてはいたものの他のアスベスト問題にかかわるなかで後回しにされてきていた。

 築地市場の解体に伴うアスベストリスクコミュニケーションについてさまざまなハードルが予想された。市場移転はスムーズに決定されたわけではなかった。

Ⓐ周辺住民の方たちの理解に大きな幅があることが予想された。

Ⓑ発注者たる東京都が住民との理解・調整が十分になされていない中で、アスベストリスクコミュニケーションの提案を受け入れるかどうか不明であった。

Ⓒ工事の事業者も自分たちの工事現場を第3者に監視されるような、必ずしも法的には受け入れる必要のないリスクコミュニケーションを受容するかどうかもわからなかった。

Ⓓ第3者たるNPO側の問題もあった。提案したとしても、第3者としての監視をだれがやるのかという問題である。この点は、私が可能な限り参加し、要所要所でEFAラボラトリーズ社、東京労働安全衛生センターの外山様にご協力を依頼した。

周辺住民へのはたらきかけ

 東京都は7月17日、周辺住民への都による説明会を開催した。この時の議題は旧市場から周辺に逃げ出すことが予想されるねずみの問題と、工事から発生が懸念されるアスベスト問題であった。市場周辺の場外市場の商店の方など大勢が参加したが、説明会は移転反対を訴える発言などで紛糾し、工事の安全性について十分な説明はされなかった。この場でアスベストについて質問していた方と名刺交換し後日会いに行った。この人は中央区議会議員で小児科医をなさっている小坂氏で、アスベスト工事の安全性を高めるためにリスクコミュニケーションについてお話し、協力を要請した。その後小坂氏とは連絡を取り合い、近隣の保育園での粉じん濃度測定による監視等についてご相談を受けている。

 私達は、周辺住民へのリスクコミュニケーションの理解を得る目的で、10月10日に築地市場近くの社会教育会館で住民向け勉強会を開催した。これは東京センターリスクコミュニケーションプロジェクトが行ったワークショップで、おおぜいの住民の参加があり、築地市場解体にはアスベスト問題があること、リスクコミュニケーションが有効であることを訴えた。

 12月5日、周辺住民に招かれる形で第2回目の住民勉強会が開催された。ここでも多くの住民の参加があったが、移転反対を主張する住民もありアスベストリスクを低減させるための議論になりにくかった。その後もこの勉強会の主催者たちとは何度か会って、アスベスト撤去工事の進捗状況などを話している。東京都は築地市場の解体工事現場をおおう高いパネルを張り巡らせているが、都の説明不足が住民の不安を増幅させていることもあり工事の進捗を都民に知らせる写真等よる「工事現場の見える化」が重要であると思う。

東京都市場当局へのはたらきかけ

 東京都はこの工事の発注者である。前述のように築地市場内のアスベスト除去工事は、築地市場施設課は四半世紀以上のリスクコミュニケーションの実績がある。施設課は、移転の5か月前、2018年5月11日にアスベストセンターを訪問した。施設課は「築地市場の移転に伴い大規模なアスベスト除去工事が計画されている。この工事の安全性を確保するためにご協力をお願いしたい」という意向であった。私からは、築地市場施設課は歴代市場内のアスベスト除去工事に関して実質的なリスクコミュニケーションを行ってきており、今回の築地市場全域の解体工事においてもその経緯を踏まえた工事で締めくくるべきだと話した。さらに、今年度環境省、厚労省で大気汚染防止法の見直しや石綿障害予防規則の改正等を検討する委員会が設置されており、完了検査等が議論されることが予想されること。そのグッドプラクティスとして築地市場で完了検査を実施し、検討委員会での資料とできるような現場の記録を作成することに協力してほしいと要請した。

 以上の東京都との協議を踏まえて、5月30日、築地市場内のアスベスト調査を東京労働安全衛生センターの「アスベストリスクコミュニケーションプロジェクト」が行った。そこでは市場内の建物配置図面に沿って、レベル1の吹付け材が大量に残る青果卸売場屋上の駐車場の劣化の状態、水産仲卸棟の低温卸売場棟、水産立体駐車場の吹付けアスベストなどを確認した。

 東京都へのリスクコミュニケーションの働きかけは、築地市場へのアプローチとは別に、小池都知事向けのアプローチも行った。これは2020年東京オリンピック・パラリンピックの際の駐車スペースとして築地市場跡地を利用するという計画があることから、それに合わせるためにスケジュールを無理なものにしないことを求めたものである。9月21日小池都知事あてに東京労働安全衛生センター、アスベストセンターの連名で要望書を提出、同日記者会見を行った。要望は以下の4点で、東京新聞、毎日新聞で記事が掲載された。

  1. オリンピック開催の日程を前提としたスケジュール調整のために、安全性を犠牲にした無理な工事は行わないこと。
  2. 事前の工事説明を近隣住民、周辺で働く労働者、近隣施設等に十分に行い、工事の安全性が確認できてから工事を執り行うこと。
  3. アスベスト除去工事の説明においては、施工計画書に基づいて、各工区の工事実施担当者が工事説明を行うこと。
  4. 意見交換の機会を経た後、工事発注者、工事施工業者、住民代表等による工事協定書を作成すること。

解体工事業者、アスベスト除去業者、施設課職員へのはたらきかけ

 実際に築地市場解体に伴うアスベスト除去を行う事業者に向けて、アスベストに関する勉強会を提案し実行した。

 10月16日市場内の事業者現場事務所の会議室で学習会を開催した。解体事業者、アスベスト除去事業者、東京都職員、管理会社などが参加し、アスベスト被害の実態や解体工事等での飛散防止策、完了検査の重要性等についてお話した。ここでは特に、これからの除去業には完了検査が重要であり、今年度の環境省、厚労省の委員会などでも検討されていることを伝えた。また、完了検査の実態は、除去業のみなさんの仕事場に第三者が入り込み、アスベストの取り残しを細かく指摘するような、いわば耐え難い検査を意味する場合もあることを指摘した。

 10月29日には第2回目の学習会を行い、EFAラボラトリーズ社に来てもらい、ここでは完了検査の実態を動画で見て、どのようなことが行われるのかを知ってもらった。

 以上のようなリスクコミュニケーションの形成を実施し、アスベスト除去について、周辺住民、発注者、事業者の間で安全性の認識の共有を図った。10月の市場機能移転後、そのような準備のもといよいよ解体工事に先行してアスベスト除去工事が始まった。12月に入り、連日築地市場内のアスベスト除去現場の養生検査、完了検査を行い、中央区の立ち入り調査に同行した。また、東京都中央卸売市場当局の職員は、デジタル粉じん計で毎日粉じんの監視を行い異常値が出ると記録し工事現場の見直し等を行った。

 実際の築地市場のアスベスト除去工事の養生検査、完了検査、濃度監視等、他の工事現場では見られない貴重な経験が得られた。次回以降の報告で紹介したい。