2023年 こどもたちにアスベスト−石綿−を吸入させないシンポジウム

Symposium: No Asbestos Inhalation for Children

過去事案とこどもの潜伏期

 

名取 近藤先生、どうもありがとうございました。それでは、最初に簡単に、アスベストのリスクと、なぜこどもがというところについての講演をさせていただこうと思います。

簡単なことですが、一応、おさらいです。リスクとは何かということで、「好ましくないことが起こる確率・程度」の理解が一般的ということになっています。IARCは、いろいろな発がん性については5段階に分け、アメリカのNRCが今から40年前に手順書を作って、有害性の同定をして、用量、反応評価をして、ばく露がどれくらいか、リスクの判定ということになりました。

そして、目標ですけれども、健康のリスク評価としては、人の健康に好ましくない事象が起こる確率のことを言って、職業では生涯リスクが1,000人~1万人に1名以下にしましょうということが国際的な考え方です。環境の保護のリスクについては、日本も「10万人に1人にすべきだ」、「100万人に1人にすべきだ」など、委員会でも議論がありましたが、残念ながら現時点においては、10万人に1人というところで基準が作られています。ただ、1,000万人に1人でいいのではないかという議論もあって、これは社会的な要因で、どこまで人が許すのかということで変わってきます。日本においては、ここに書いたとおり、ベンゼンで97年に10万人に1人ということで決まっていますが、社会の中で決められていくものであると考えます。

次に、石綿の大気中のリスクについて申し上げますと、最初に決めたのはイギリスです。これは石綿肺の研究です。2番目に1960年代になって、インピンジャー法という測定方法から、メンブランフィルター法というフィルターに石綿が載るようなものを見る方法になりました。その測り方についても3対1でいいかなど色々な問題があるのですが、これととともに累積ばく露量、「石綿の濃度×従事年数=繊維/ml×年数」というものが確立しました。このときに、アメリカのOSHAが作ったモデルが使われて、その後いろいろな調査を基にして中皮腫や肺がんの死亡のリスクに変わってきた。石綿の規制濃度は、石綿肺のリスクではなくて、中皮腫・肺がんのリスクに変わったのですね。

同時にこの時期に、石綿健康被害者の第3の波といわれますが、最初の鉱山・製造業の波。次に造船業・建築業の波、のあとに第3の建物自体による波が来ました。西ドイツが、非常に詳細な濃度測定の結果を1997年、2007年にBK-REPORTという形で出して、このくらいの濃度を何年間吸った人はどのような病気になっているのかというものを出した。これが1997年のヘルシンキ・クライテリアに大変な影響を与えて、25繊維・年数/mlで石綿の肺がんは2倍になるのだということが決まり、その後、2014年にヘルシンキ・クライテリアは改定されます。2014年は、石綿の種類ごとのリスクの議論がいろいろとあるので、石綿の肺がんについての論議はあまりしていません。これが世界の大体の流れです。

ですから、石綿肺の研究は、最初は石綿製造のための規制値を作ろうということで、対象が39人で0~2.4Mppcfのときは、誰も石綿肺にならない。ところが2.5~4.9 Mppcfになると69人中3人が石綿肺になるということで5で線を引いた。これが最初の規制です。その後、1968年にイギリスでメンブラフィルター法に変わって、累積ばく露量に変わってきて、石綿紡績場でも今度は捻髪音といって、髪の毛をねじるような音の聴診を基にして少し濃度の基準が厳しくなったという過去がございます。

一番大きく変わったのは、1986年に米国労働安全庁OSHA(Occupational Safety andd Health Administration)のモデルで、さまざまな過去の疫学調査での中皮腫・肺がんの死亡を基にし西ドイツの結果やそれを基にしたヘルシンキ・クライテリアを基にして、このようなことが決まった。このヘルシンキ・クライリアは、疫学・法学的のどちらの側面も見た基準で2倍ということは50%の企業責任があるのだから、責任を取らざるをえないという、法律家も納得させるようなことを考えた基準だったと思われます。

石綿のリスク評価の歴史的な経緯については、いろいろとあるわけですが、基本的にはOSHAのモデル、濃度、ばく露年数、潜伏期、産業ごとの値として、中皮腫はKM値、肺がんはKL値という係数があります。基本的には、これを基にして計算をいろいろな疫学論文でして、もちろんこの式について批判がないわけではないのですが、新たに「こういう式にすればいいじゃないか」という提案までする方がいないので、基本的に石綿のリスクについて考えるときには、この式に戻ったり、これを基にしたユニットリスクを使用する。簡単に言うと、中皮腫は、ばく露から10年の潜伏期があって、濃度×初ばく露からの年数の3乗。3乗が掛かります。肺がんは、濃度×ばく露期間だけで、掛け算です。

石綿肺がんに関する式のところで、一番肺がんが起きやすいのは石綿の紡績場で、その下に紡績場があります。もう少し下に来ると、Mnというところにクリソタイル鉱山が来ます。このクリソタイル鉱山の石綿を使って紡績をしたものの一つが、Tx1とTx2なのです。つまり、鉱山で一定の径があるときは大した危険がないのに、開綿して細くなった瞬間にひどくなる。これが「テキスタイル・ミステリー」や「角閃石の仮説」といわれる、赤く書いている所ですけれども、繊維の種類の違い形態の違いもあって、アスベストは、他の化学物質もしくは発がん物質と比べると、物理的な性状がどうも関係しているのではないかということが、よく言われる原因なのですね。

ばく露期間と石綿濃度の推定ですが、ヒアリングを基にしてばく露期間を設定して、なかなか現実のアスベストの実測値がない場合が多いので、過去の論文で最も近い値を仮定したり、もしくはガスで実験をして何とか相関を求めるような形で、低濃度の方のリスクを推計しています。

これが、アメリカのOSHAが作った肺がんと中皮腫の式です。簡単に言うと掛け算。KLという安全係数に、実際の濃度fに掛ける10年分の潜伏期を引いたf×2。これが基本です。こちらと比べると、中皮腫については、KMという中皮腫に関する係数掛ける、t-10の3乗もしくはt-10のdの3乗という、3乗がかかっている。ここの部分で、初ばく露からでだいぶ大きく変わってしまうわけですね。

試しに、私が40年の石綿ばく露で、ばく露濃度が3f。KLとKMは、本当はこのような値ではないのですけれども、仮に3と一緒にして、どれだけ違うのかということを見ると、5歳で初ばく露した方は、ばく露のない肺がんの一般の方の死亡率に586を掛ける。このくらいの値です。ところが、25歳で初ばく露を受けた方の10年後は、405になります。掛け算ですから、586と405は、それほど大きく変わらないわけですね。ところが、中皮腫の場合、5歳で初ばく露をすると、少し式が違うのですけれども、基本的には233万1,000ぐらいになります。25歳で初ばく露の方については、最後の10の3乗が効いてきますので、38万ぐらい。つまり10倍ぐらい違うことになります。プラス肺がんに注意ということです。他の発がん物質と違って若い人の方がDNAに対する損傷が高いという理由ではなくて、ばく露からの年数が長いゆえにこうなっているところが、アスベストの特徴です。

このようなものをまとめていくと、ユニットリスクという形で、日本産衛学会やWHO、EPAなど、取り上げた論文が一つ二つ違うので、若干値は違ってきますが、0.4f/mLくらいで生涯で1万人に1人亡くなってしまいます。WHOでも、0.5f/Lぐらいで、100万人で中皮腫は40人。喫煙者の場合であれば、肺がんと中皮腫のリスクを合わせると22人と、それなりに高いリスクを推定しています。日本産業衛生学会でもこのくらいの値で、1f/mLと高めですけれども、これでも肺がんが1,000人で12人。中皮腫は1,000人で14.71と高いので、これではよくないと。産業衛生学会は労働者のための学会でもあるので、クリソタイルが1f/mLでいくと6.55人なので、これを1,000人に1人にするためには150f/Lにするしかないと決めたのは、この計算を基にしているわけです。

最後になりますが、ご存じのとおり石綿関連疾患には、石綿肺、肺がん、胸膜プラーク、中皮腫がありまして、この順で出てくるわけです。実際にこれは私どもが藤沢の保育園での最終報告をしたもので、どのくらいの作業をどのくらいして、このときの濃度はどのくらいだったのかを細かく調べた結果になります。これは社会が決める部分なので、10万分の1以上の場合は絶対に検診が必要で受診だという、ここは大体、皆さんの意見は一致します。1千万分の1から百万分の1ぐらいになると、若干医師の間でも、児童・保護者の間でも意見が分かれます。やはり必要なのではないかという意見もあれば、そこまでしなくてもという方もいます。1千万分の1より低いレベルになると、医師も保護者の方も、レントゲンを浴びるリスク等を考えると必要とは考えない場合が多いと思っていて、このまとめが、藤沢の最終報告書の14ページに載っているということになります。

文京区の場合は、百万分の1を指標にして考えています。新潟県の佐渡の場合は、吹き付け石綿の工事の中で、本来陰圧でなければいけないブースの中で、さらに陽圧で工事をした。やってはいけない行為をしたということがあって、かなり厳しめに取ると思う方が多く、1,000万分の1を超したら許さないということで、リスク判断がされています。ですから、このようなところでは、社会的な皆さんの考えを基にリスクを決めていくという流れが多くなります。

胸膜プラーク、関連肺がん、中皮腫、良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚の5疾患は認めるし、今後アスベストで発症するおそれのあるその他の疾患も入れます。ただ、石綿肺は、高濃度でかかる疾患のため、低濃度ではなることはないので、外すことになっております。妊娠時の女性のレントゲンは推奨しない。また、中皮腫、良性石綿、びまん性胸膜肥厚の3疾患については、レントゲンの検診でどれだけ意味があるかの証明がないので、外している。このような考え方でやっている自治体が多いということでございます。

今でも他の自治体でこれが続いていて、私たちが思うことは、保育園や幼稚園で、きちんと調査をする国家資格の方がいることを知らない園の上の方が、大変多いということがよく分かりました。

先日、こども家庭庁と文科省に来ていただいてお話をしたら、「昔、このようにやってきました」というアスベストの対策をもう1回お話しして、説明するだけです。今に合わせた新しい対策を、今の国交省や環境省、厚労省レベルでやろうという発言が一言もなかったので、これはなかなか難題だと思って、「まずはよく勉強してくださいね」とお話ししたところでございます。要望については、お配りの後ろの方に載っておりますので、ぜひご参照ください。正直に言って、やはり非常に低いレベルの、省庁のまさに役人の担当者の方がいらして、一生懸命ここから勉強していただく機会を設けなければいけないと考えたところです。以上です。ありがとうございました。