Symposium Summer 2006
昨年来アスベストの問題は再度広く知られるようになったが、学校に関しては1987年のアスベスト対策の不備が露呈した形だ。昨年アスベストが問題となったのは7月で、調査は8月以降となり、アスベスト除去工事は2006年の7〜8月に予定されている施設が多い。ところが今年3月からアスベスト除去工事で違法工事が増加している。アスベストは目に見えず現場はシートで囲われるので、真剣に監視しないと違法工事も殆ど気づく事はない。工事業者と測定業者の関係も一部で囁かれ、石綿繊維データ偽造事例もゼロではない。吹きつけアスベスト除去業は、技術的経験、アスベストの危険性に対する明確な企業ポリシー、従業員教育の実施等が重要だ。アスベスト除去業者の選定は質的判断が重要だが、業者の質を判断できる程度にアスベスト工事に詳しいゼネコン担当者や自治体建築担当者が少ない中で、この夏の工事がすすんでいる様に思われる。
石綿関連疾患は、南アのJ.C.Wagnerの1959年報告で、家族や近隣曝露の中皮腫が知られ、古くからの問題がようやく適切な対処が取られはじめた課題だ。職業での石綿関連疾患の発症数は、良性の石綿肺と胸膜肥厚斑が、悪性の肺ガンや悪性中皮腫より圧倒的に多い。特に良性疾患の潜伏期が肺ガンや胸膜中皮腫に比較し短い点が重要で、健康診断を計画する際の要点だ。石綿肺は高濃度から低濃度の主に10年以上の職業性曝露を受けた集団に発症し、短期間職業曝露や環境等での発症は一般に稀である。学校における石綿肺の発症は営繕ボイラー関連の業務以外では想定できない。一方胸膜肥厚斑は数週間の短期間曝露や低濃度曝露でも発症する点が特徴である。例外も当然あるが、日本の現在の石綿関連疾患の曝露量と潜伏期に関する概念を平均的に記載すると、下図になっていると考えられる。
胸膜肥厚斑の早期発見が重要なのは、数も多く悪性胸膜中皮腫や肺癌に先行し生じる病変のためだ。学校では諸外国で悪性中皮腫の報告が既に知られている。
著者は2004年に、文具店店長の悪性胸膜中皮腫を報告し、日本では建物による中皮腫の初めての例となった。この事例の平均的石綿濃度は、1f/Lと大変低い濃度で約30年の吸入だった。海外論文では、既に30例をこす建物由来の中皮腫が報告されている。1959年以降の建物への吹きつけ石綿の施工、特に1970年から1980年代の施行による健康被害は、潜伏期平均40数年を考えると2000年前後から2050年以降に及ぶと考えられる。学校の吹きつけ石綿の被害は、これから顕在化する可能性が高い。
欧米の医学論文では教員等の発症例が増加しており、日本でも1980年代から剖検レベルで教員の発症例が知られている。問題は建物と教員等業務との因果関係が十分証明されるかどうかで、知見の積み重ねと共に補償制度での検討が必要な時期となりつつある。今後教員等での胸膜肥厚斑の検討も必要で、特に潜伏期がすんで退職された教員等での胸膜肥厚斑の出現は、リスク評価の重要な課題となる。
1970年代から吹きつけ石綿のある学校での石綿繊維の濃度上昇が知られており、日本でも1980年代の測定で数十f/Lに達した教室もあり1988年の石綿除去工事となった。社団法人日本産業衛生学会は、平成13年にクリソタイル(白石綿)150f/L、それ以外の石綿繊維30f/Lの許容濃度を示した。報告によると18歳から一日8時間、50年間、リットル150本のクリソタイルを吸い込む環境で1000人に1人が、クリソタイル以外の石綿繊維だと1リットル30本の環境で1000人に1人が中皮腫や肺がんになるとしている。今後の発症が懸念される時期になりつつある。
健康の観点で建物を見る建築関係者が過去には少なく、シックハウスが問題とされた時期も建物の石綿の危険性への関心が大変少なかった。私も含め石綿関連の研究者は、建物の石綿が後に大きな問題になる事を危惧していた。1960〜70年代以降吹きつけ石綿や石綿含有建材を無造作に扱った建築関係者が、石綿の飛散性や危険性を最近徐々に知ったものの、その認識を改めるのは大変な作業である。問題なしと扱ってきた物質が問題な訳で、過去を変える事は単純ではない。健康の専門家の職種が、科学的な知識で率先し対応する事が必要な時代となっている。
石綿含有建材は飛散性別の対応が必要となる。最も飛散しやすい石綿含有吹きつけ材は、自然に徐々に劣化する事が多く、早期の除去が原則だ。次に飛散性の高いフェルト材、保温材、煙突材は、早い時期に対策を要する。スレート、ボード等の石綿含有建材は、セメント等で固められているため通常の使用では飛散しないが、改築解体時にのみ注意すべきものだ。しかし屋根材等は経年劣化し、早急な対策を要する事もある。石綿含有建材は写真で一定の判別がつくものもあり、石綿建材の写真が豊富な「あなたのまわりのアスベスト 危険度診断」(朝日新聞社)を読んで勉強していただきたい。
学校で特に注意すべき部屋は、吹付け材のある場所であり、1959年〜1990年頃に建てられた建物で、体育館、特別教室、階段、給食室、放送室、ボイラー室、一般教室等の天井等であるが、地域等で年代に例外があるので注意が必要だ。
ボイラー室の吹きつけアスベストの除去だけなら、アスベスト除去工事のみの発注だ。アスベスト除去部分に天井や周囲の壁工事、電気上下水道ダクト関連の工事もあれば、建物を建築もしくは補修している建築業者が工事全体を担当、内装・電気・衛生工事業と共にアスベスト除去工事は、下請工事の一つとなる。全体の受注価格が低く、安く工事を受注するアスベスト除去業者が選定されれば、ほとんど経験のないアルバイト主体のアスベスト除去工事が行われる事もある。そもそもアスベスト除去業という建築業種はない。建築業、とび業、塗装業、解体業等々の職種が工事をできる事になっている。吹きつけアスベスト除去業は、最低数年以上の多種多様な現場の技術的経験を持つ事、アスベストの危険性に対する明確な企業ポリシー(安い費用で除去工事をうけた場合でも、手をぬいたずさんな工事を絶対にしない)を持つ事、明確なポリシーを反映した従業員教育の実施等が重要だ。そうした会社は長年の間で信用と定評をもつが、そうでない会社は問題工事の噂が聞こえてくる。アスベスト除去業者の選定は質的判断が重要で、工費が少し高くても明確な企業ポリシーを持つ経験ある業者を選定すべきだ。
吹付け材も含有建材も、実際に石綿が含有しているかどうかは目視では判断できないため成分分析が必要だ。岩綿吹きつけの成分分析で2000年前後まで現場レベル(一部製品は工場レベルで)での石綿含有が判明し問題となりつうある。吹きつけ材がある場合、分析機関は3箇所からサンプルをとり、分散染色とX線回折法で分析する。分析機関は依頼主に最低2〜3ページの分析結果報告書を必ずだしているので、結果の値のみ抜粋した測定値でなく、是非分析結果報告書の複写をみた方が良いだろう。測定や分析に自信があり結果内容の説明を詳しくできる人なら、複写の配布に躊躇はない。報告書では、測定方法、分析結果等をチェックすることが必要で、詳しく知りたい方は、アスベスト・センターに相談していただきたい。
自治体等の建築・営繕職員の石綿関連の知識レベルはかなり異なっている。大変深く研修され職員の知識レベルが高い自治体等もあるが、まだ不十分な自治体等も散見される。2006年の現状では不十分な場合もあると考えた方が無難で、建築専門家がすべて知っていると考えず、健康の専門家が知っている事もあると考えてよい場合がある。詳しい職員でも、その他の石綿含有吹きつけや、天井内部の石綿吹きつけを見落とされる事があり、十分注意が必要だ。
吹きつけ石綿のある部屋では、室内に影響があったのか確認するため、大気中の石綿濃度を測定する事が多い。現在の方法は位相差顕微鏡を用いて算定する方法で、日本で作業環境や環境中で長年用いられ、健康リスクとの相関が判明する重要な方法である。
大気中石綿濃度の判断には、現在2つの問題がある。日本では空気中の石綿濃度基準に純粋な環境基準がなく、作業環境の基準と大気汚染防止法では石綿工場周囲の敷地の基準しかない。環境基準は既に死亡者がある場合100万人に1人が発症する濃度とされる。今後石綿の環境基準の検討が行なわれると0.03f/Lもしくは0.1f/L前後となる可能性も十分考えられる。石綿濃度が1f/Lだから安心と説明できない状態になっており、リスク・コミュニケーションが必要だ。
一方検出された繊維が石綿かどうかの確認も必要だ。現在の位相差顕微鏡の測定は、石綿以外の繊維も測定しまう。10f/Lの結果で慌てて対策を行なったら、石綿繊維がほとんど検出されなかった事例もある。0.5f/L以上の結果がでた際には、分散染色法や電子顕微鏡等の検査を行なうことが必要だろう。
吹きつけ石綿及び石綿建材の改築や解体は、生徒がいない際に行う事が原則とされる。吹きつけ石綿除去工事は、もちろん養生(囲い)もされ周囲に飛散しない工程が原則だが、工事中の飛散が全くゼロとはいえない。吹きつけ石綿除去時では養生撤去時の石綿濃度の確認が十分でない場合、負圧やフィルター等の不十分さで問題が生じる場合、突発事故の可能性、石綿建材(レベル3)の対策の不十分な場合等があり、人がいない時期の工事が原則とされている。
2005年来アスベスト工事の増加に伴い、新規参入業者が大変増加している現状がある。先日石綿製造企業で現在除去業に転じた会社の違法工事例も報道されたが、省庁関連工事でゼネコンに発注したが下請業者がずさんな工事を行い問題となった例が既に出ている。今年の夏のアスベスト除去工事は、経験のない業者が常識外の低価格で80%受注した例もあるという。「今年の夏のアスベスト除去工事でアスベスト飛散は確実」とする関係者の声がよく聞かれるようになってきた。
今年の工事の対策としては、建築担当者とよく話し、アスベスト除去工事の経験や見識を伺うことが第1だろう。どのような業者選定がなされたのかも重要だ。その上でアスベスト除去工事の事前説明会の開催を必ずしてもらい、きちんと業者の方に質問する事が大事だ。周囲の住民の監視が厳しいところでは、問題な工事はしにくい。それでも最後は、一定のチェック箇所を知って工事中の除去室内に入る事が問題工事を起こさせない決め手だ。養生の仕方、使い捨て保護具の着用の仕方、クリンルームへの入り方、負圧のかけ方、アスベスト除去の丁寧さ、掃除機の扱い、等問題がないかを見ることだ。必要な場合は、労働基準監督官が工事を中止する権限があるので、労働基準監督署に連絡し監督してもらうことになる。2006年を石綿飛散の夏としない取り組みが必要である。