建設業界と吹き付け石綿除去工事
適切な工事のために

Symposium Summer 2006

司会: 報告の3番目「建設業界と吹き付け石綿除去工事」、建通新聞社の脇坂章博氏、お願いいたします。

脇坂: 皆さん、こんばんは。建通新聞社の脇坂です。石綿除去業という立場で、今現場で何が起こっているかというお話をお二方から頂戴しました。私は今日のキーワードである「2006年夏に何が起こるのか」という所に焦点を当て、発注者の立場、発注システムの立場から、どういうポイントが大事なのか、皆さんに普段の取材の中で感じていること、考えていることを、お話しさせていただきたいと思います。

 今のお二人のように法令順守(コンプライアンス)を考えて実践されている石綿除去業者は、恐らく希有な存在かもしれません。それぐらいの認識でいただいた方が、良いかもしれません。特に今後公共工事の分野で、昨年の国の総合対策、使用実態調査に基づいた対策工事が今まさに発注されようとしている、発注のピークを迎えているわけです。特にこの夏注視すべきなのは、この業界で常識的に言われていますが、文教施設の工事が集中的に発注されています。夏休みの約40日間を利用して大規模改造であったり、修繕といった工事が従前からあったのですが、今年の夏はアスベスト対策が発注される、もしくは既に発注されています。先ほどAさんからすでにほとんど発注されているのではないかというご指摘があったのですが、まだ終了している訳ではありません。今まさにたけなわ、とお考えいただいていいのではないでしょうか。今からお話することは、単に2006年夏という問題だけではなく、これから適切なアスベスト対策をどうやっていくか、というまさに今日のテーマということで御理解いただければと思います。私は、公共工事発注システムに潜む危険というアングルで、お話させていただきます。

 アスベスト対策を適切に履行していく場合に、2つの大きな責任が発注者、請負側の建設業界に求められてきます。「どうやって安全・確実な施行をするのか」という考え方を、請負業者は持っておかなければなりません。一方、発注者は「どうやって安全・確実な責任を担保していくのか」という考え方を持っておかなければなりません。特に発注者は「発注システムの中にどうやって落とし込んでいくのか」という、発注者責任が本来問われるべきなのですが、残念ながらその担保が今できているとは私は考えておりません。現状はどうなのか、ということをこれからご説明申し上げます。

 上の図は私どもの神奈川建通新聞が6月6日付で掲載させていただいた記事です。神奈川では県土地建物保全協会という第3セクターがあり、記事をざっとご覧頂いたらおわかりになりますように、県の教育委員会の方から県立高校、住宅サイドの方から県営住宅のアスベスト関連修繕の発注の委託を受けているということです。委託を受けた県の土地建物保全協会は、適切なアスベスト対策を履行していくかを考えたと思います。だから指名競争入札に先立って、予備調査でアスベスト関連工事の受注・経験の有無等をチェックしているのですが、こういうケースは全国的にも少ないのではないかと思います。建物保全協会は今年県から14億3千万円受託しており、7月7日まで予備調査届を受け付けて、それを元に資格審査を行った上で指名審査して工事を発注しようとしています。これは健全な例とお考えください。

 このように、対策工事を請け負ってもらう施工業者をチェックしようとしている発注者もいるのですが、更に本質的な問題があります。建設専門誌の記者という立場から、そもそも公共工事の発注システムがどういうものなのかということをまずかいつまんでご説明します。

 これが概略です。詳細な説明をするとなると1時間くらいはゆうにかかりますので、簡単にご説明します。建設業許可を取得した後、経営事項審査をパスしたところでなければ公共工事の受注はできません。競争参加資格審査でアスベスト対策を請け負うべき経営体質であるのかどうか、経営資源があるのかどうかのチェックが現在はなされていないというのが、最大の問題と思っています。

 発注システムは、こういう手順の中で入札、契約、施工という流れがあるのですが、真ん中の3つめに指名基準があります。普通、発注部局にはそれぞれ指名基準を設定しているのですが、今の神奈川県の場合、神奈川県に確認いたしましたところ、「アスベスト対策工事の指名基準はない」とのことでした。石綿除去業者を事前にチェックしようという意識のある神奈川県でさえも、まだ競争参加資格審査の段階から一定の基準でチェックすることが必要だという認識は、持っていない現状だということです。

 一番下に東京都の場合という但し書きがありますが、おそらく唯一だと思います。残念ながら47都道府県完璧にチェックできていないので、これが全てだと申し上げられませんけれども、東京都は競争参加資格申請の段階で、「石綿処理」という独立した業種区分を設定して、作業主任者と特別産業廃棄物管理責任者を恒常的に置くということを求めた条件設定をした上で、競争参加資格申請を受理しています。その受理した業者に対して、競争参加させているというチェックが働いているケースです。

 お話しするのを忘れるところでした。神奈川の場合にも問題点はあります。設計は緊急避難的な要素があったのでしょうが、神奈川県建築事務所協会という建築士の団体組織に設計業務を委託したわけです。ではその建築事務所協会はどうしたかというと、各県立高校が所在する支部に対して、「支部で業務を希望者に割り振ってください」という話をしたらしいのです。発注者サイドにコンプライアンスの意識が仮にあったとしても、業務の重要性への認識が、どんどん薄れてしまっていっているということがあるわけです。

 地方自治体の状況だけではわかりにくいと思いますので、文部科学省はどうなのか、ということを簡単にご説明いたします。公立学校の中では、平成18年3月現在4137校で使用が確認されています。そのうち418校でばく露の恐れがあるというのが文部科学省の発表です。果たしてそれだけか、と皆さんもお感じになっているとは思いますが、時間の都合でそれは割愛させていただきます。文部科学省の場合は大臣官房文教施設企画部企画課がアスベスト対策の窓口ということになっています。そちらに、この418校の対策はどうなるのか、18年度にどういう手順でどう発注され、予算はいくら確保しているのか、直接工事費はいくらあるのか、という話を聞こうとしたところ、「わかりません」という回答でした。「なぜですか」と聞くと、「公立学校は都道府県、市町村が設置主体になっている。学校種別ごとに所管が違う、個別に把握して積み上げるしかない、各課にお願いしてデータを出してもらい、それを積み上げたデータを提供するしかありません」という説明です。なおかつ、三位一体改革の流れで、従来は国庫補助事業であった文教施設整備が、18年度から交付金化されました。交付金化されたということは、一見、地方自治体の裁量権が広がったように見えるのですが、その実、都道府県と国との関係性が非常にあいまいな状態になっていると理解していただいていいのではないかと思います。ちなみにこの交付金で今年文部科学省は1039億を交付金化しています。交付金化していますが、これが全てアスベスト対策に振り分けられるわけではありません。大規模修繕、大規模改造は、建築されて20年経過したものが対象になっているわけですが、そういうものも全てひっくるめて「安心・安全な学校づくり交付金」ということに充当されますから、アスベスト対策だけでは決してありません。ちなみにこの金額は文部科学の18年一般会計の約2%という数字です。

 これが文部科学省の機構です。高等教育、初等、中等と所管は全部、枝分かれしています。

 さらに国と地方自治体の関係を見た場合もそうですね。市町村が設置主体と言いながら、市町村と文部科学省のそれぞれの所管との間には県教委がいる。なおかつ問題なのは、ここはすごく重要なのですが、県教委であればまだ営繕担当が居たりします。いない場合でも、都道府県には営繕課というセクションがありまして、そちらの方に業務を委託できるというシステムがあるわけです。では市町村はどうか。市町村にまず技術職の職員を教育委員会に貼り付けている所はまず希です。つまりアスベストの現状がわからない。何がおこっていて何が問題なのか。どういうふうにチェックしていくべきなのかわからない。情報、そして知識のなさが、責任の所在をどんどんあいまいにしてしまっている、いうことです。

 今日は別添で資料をお付けしました。18年度の公立学校、義務教育諸学校という言い方をしていますが、施設整備基本方針というのを毎年文部科学省は設定しています。その中のフレーズを抜粋したものです。基本的に現在の文部科学省の文教施設整備の最大のプライオリティは耐震です。なぜかといいますと、昭和40年から50年代の間の児童急増に対応して、当時学校が全国でぼこぼこと建設されました。その時期は建築基準法の新耐震基準が設定された昭和56年以前の建物ということになりますので、耐震性は非常にあやしい。特にいまは非常に耐震の問題がクローズアップされていますので、耐震性のプライオリティが一番というわけです。

 その次の学習活動に対応した施設整備とは何か-。恐らく大阪池田小で起こりました悲惨な事件を契機にした防犯強化とエコ・スクールの推進だと思っていただいて良いのではないでしょうか。

 3つ目に、やっとアスベストというフレーズが出てきます。が、これは本当にワンフレーズだけしか出ていません。これが文部科学省のアスベストに対する認識だとは一概には言えないのですが、「推して知るべし」と言えるかもしれません。

 これまで、お話ししたことをもう一度整理いたします。当事者意識を希薄にする組織構造が行政の中にはあります。なおいい意味でも悪い意味でも、地方分権という流れの中で、国と地方の関係性があいまいになってきている部分がある。そのつけをアスベスト対策も受けているのではないかというのが私の見方です。3つめが一番問題で、安全な施行という視点がどうも発注者の皆様から見受けられません。国の総合対策のフレーズを覚えていらっしゃいますか。隙間のない対策と国は謳っていたと思いますが、見る限り隙間だらけの状態を露呈しているのではないでしょうか?最後に厚生労働省の方がおいでになるので、一言申し上げます。「この確認事項は厚生労働省だ」と思って伺いますと、それは環境省所管だから…、それは企業の問題だから経済産業省に…と振られてしまうケースが多々あります。イニシアチブを取っていただくのは難しいかもしれませんが、少なくとも問題提起をして縦割りの弊害を是正するよう、今こそ厚生労働省が音頭を取っていただきたいというのが切なる希望です。ご静聴ありがとうございました。

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