リスクコミュニケーションで飛散を防止した事例(2)
愛知県稲沢市トーヨーボール・ボーリング場解体工事に伴うアスベスト除去
愛知県稲沢市にあった当時東洋1を誇るトーヨーボール・ボーリング場が長年放置されていました。放置されたボーリング場は「廃墟」として当時有名な建造物で、「廃墟」でインターネット上で検索すると真っ先に紹介されていました。
2007年2月、及び5月、近隣の住民からのご依頼がありボーリング場の内部調査を行いました。ボーリング場内部は1階から4階まで、天井板がほとんど落下し、天井裏が露出し鉄骨に吹付けられたアスベストが大量に確認できる状態でした。最上階の4階の広大なフロアの屋根の一部は落下し、空が見え鳩がフロア内に出入りしています。西側の大きなガラスはほとんどが破れ落ち、室内に雨や風が入り込んできます。驚いたことに、天井に吹付けられていた大量の吹付けアスベストが床に落下し、雨にさらされ鳩の糞の中にあった植物の種から草が生え、フロア一面が草原のように草がなびいていました。アスベストが空中草原の土壌になっていたのです。
そのような床に大量のアスベストが敷き詰められたところを歩くだけで、アスベスト粉じんが発生することが知られています。
このボーリング場のアスベスト問題は、
- 現状の「廃墟」の状態から、日常的にアスベスト粉じんが周辺を汚染している可能性がある。
- 「廃墟」スポットとして若い人を含む人たちが入り込むことにより、本人が気づかないままにアスベスト粉じんを吸い込んでしまう危険がある。
- これから解体工事を行う際に、厳重なアスベスト粉じん対策が行われる必要がある。
という3点が考えられます。
そこで、近隣の住民の方、また稲沢市に隣接する愛西市の市議会議員などでこれらの問題を共有し、報告集会などを持ちました。また、アスベストセンターの調査結果を元に、稲沢市長、愛西市長、愛知県知事それぞれに緊急提言を行い、回答を求めました。また、国会議員に仲介をお願いし、環境省へも安全な周辺環境の確保を要請しました。
このトーヨーボールはこれらの住民の運動の中、解体工事が発注され長い時間をかけ解体工事が行われました。解体工事期間中も、工事の監視を何度か行い、周辺のアスベスト粉じん濃度測定なども住民側が行い、安全性が確認されました。
しかし残念なことに、このケースではまだリスクコミュニケーションという安全性確保の手法が十分に確立されていなかった時期ということもあり、行政や解体事業者との積極的なコミュニケーションの確立というところまでは達することができませんでした。
にもかかわらず、周辺住民の方の粘り強い取り組み、また一部の市会議員さんの市民と環境を守るという信念が、膨大な量のアスベストが長年放置されてきた「廃墟」の解体工事の安全性を確保してきました。これらのかたがたに敬意を表します。
以下に「稲沢市トーヨーボールアスベスト第2回調査報告」を掲載します。
稲沢市トーヨーボールアスベスト第2回調査報告
2007年5月31日
記
1)調査
2007年5月27日、稲沢市トーヨーボール内部のアスベスト目視調査を行った。これは同年2月1日の内部の目視調査及び、室内アスベスト粉じん濃度測定後ほぼ4ヵ月後の調査である。
天候は晴れ、風が強い。
2)目視調査結果
- 外観は、正面の特徴的な壁面の大型ガラスの多くがほとんど割れ落ち、2月の調査時点よりもガラスの劣化が進んでいることが見て取れた。また、最上階の天井の一部は、2月調査よりも大きく崩落していることが確認できた。
- 内部は、全域にわたって天井板の落下が見られた。天井板は岩綿吸音板やフレキシブルボード等が広範に使用されており、床に粉々になって散乱しているものが多く確認できた。これらの天井板も、上の階に行くほど劣化が激しくなって2月調査よりも落下範囲が広がっていた。
- 2階、3階、4階ボーリング場フロアで、天井の様子等を直接確認した。3階、4階のフロアは特に天井の崩落、天井裏の吹付け材(アスベストであることは確認されている。)の露出、床等への大量の落下が見られた。これらの吹き付け材の落下も2月調査よりも量が増え、範囲が広がっていた。
- 最上階は、劣化状態が最悪で、天井の広範囲にわたって天井板が落下し、その裏側の吹付けアスベストが一面に落下していた。窓側の床は、大量に落ちた吹付けアスベストの固まりに、割れたガラスの壁面から吹き込む雨と鳩などの糞が混じり、土壌化して一面に草が生えていた。2月調査時のアスベストの上に新たに落下したアスベストが堆積していた。2日前に降った雨の影響で床面の吹き付け材は泥状をなしていた。
ボーリングのレーンは全面が朽ちて、その上に天井から落下した天井板の破片と吹付けアスベストが粉々になったものが散乱していた。レーンの奥の機械が設置されている部分は、天井や梁がむき出しで、天井から剥がれ落ちた吹付けアスベストが機械に引っかかったまま放置されていた。こちらも2月調査時よりも劣化が進んでいるように見えた。
- 3階は、4階と同様に、天井の広範囲にわたって天井板が落下し、その裏側の吹付けアスベストが一面に落下していた。窓側の床は、4階と同様に、大量に落ちた吹付けアスベストの固まりに、割れたガラスの壁面から吹き込む雨と鳩などの糞が混じり、土壌化して草が生えている箇所が見られた。ボーリングのレーンはフロアの約半分がすでに撤去されていた。内装撤去工事が一部行われたものと見られる。内装撤去工事の際、粉じん対策が採られた形跡はなかった。吹付けアスベストを箒で掃き集めたと見られる粉塵の塊と、吹付けアスベストを集めて入れたと見られるダンボールの箱があった。レーンの奥の機械が設置されている部分は、天井や梁がむき出しで、天井から剥がれ落ちた吹付けアスベストが床に落下し、泥状をなし、全面に吹付け材のかけらが散乱していた。また、機械に引っかかったまま放置されていたものも多く見られた。
- 2階は、3階、4階ほどの劣化ではないが、天井板は広範に落下して天井裏の吹付けアスベストが露出し、落下が見られた。
3)提言
- 当該建物の設計図書等から建物のどこにどのようなアスベスト建材がどのくらい使用されていたかを調査し公表する。また、ボーリング場としての営業をいつから停止し、放置されてきたか時期の特定、その後の管理に関する情報の公表を行う必要がある。
- 3階部分の床材が大量に撤去された工事がいつごろ行われ、粉じん対策はどのようなものであったか、工事の内容はどのようであったかなどの情報を公開する必要がある。また、それらの情報を分析し、周辺汚染の程度を判断する必要がある。
- 今後当該建物の解体工事に先立つアスベスト除去工事において、現状のアスベストの劣化状態及び汚染状態から、もともと労働安全衛生法石綿障害予防規則、大気汚染防止法、廃掃法等が予定しているアスベスト撤去工事を上回る粉じん対策が必要である。
具体的には、床に落下した吹付けアスベストは大量で、床材やコード類、机やいす朽ちた床材など室内のあらゆる部分を汚染しているので、養生設置前の真空掃除機による室内清掃は不可能である。また、天井が複雑に落下し、屋上が一部落下し空が見えていることから室内の密閉養生及び養生内の負圧化は事実上不可能である。
したがって、当該施設を外側から全体を覆って密閉状態を作り、負圧状態を作ったうえで除去解体工事を行い、発生した廃棄物はすべてアスベスト汚染廃棄物として廃棄する必要があり、このことを根拠付ける法改正が必要と考えられる。
- 今後行われる解体工事に伴うアスベスト撤去工事に関して、以上の状況を踏まえ、周辺住民、地権者、工事発注者、工事業者、行政等による十分な事前のリスクコミュニケーションを形成し、リスクを最小化していく必要がある。その際、行政はアスベスト除去に膨大な費用がかかることをもって、十分な粉じん対策が採られない除去工事にならないように、資金面への配慮等柔軟に指導していくことが肝要である。
- 廃墟スポット等の情報による施設への侵入者が深刻なアスベスト暴露をしていることが考えられる。これらの情報を広く紹介し、注意を喚起する必要がある。
- 当該施設からのアスベスト被害の予防の見地から、以上指摘した各種情報の収集、管理、公開に関して、国、県及び市は市民(当該施設の周辺住民、過去の工事業者、施設管理者、侵入者等を含む)に広くいつでも公開できるような体制を整え、今後のアスベスト疾患に関する相談等にも答えていく窓口を開設する必要がある。
以上