Voices 2010

2010年ホットライン、相談者の声

全国一斉アスベスト被害ホットラインの実施について

2010年11月25日・26日 9時〜17時、全国無料電話相談を実施いたしました。くわしくはこちら(PDF)をごらんください。

1) 転院と地元監督署の親身な調査で認定

 Aさんは、農作業の合間に東京などに出て15年以上解体やはつりの仕事に就いていました。相談当初の地元の病院の診断は肺気腫でしたが、レントゲンを診た名取医師の判断で、じん肺管理区分申請をした結果、管理4と決定されました。
 地元の病院は、じん肺の診断に慣れていないようで、病名が肺気腫のままでは管理区分申請が難しく、名取医師への受診を余儀なくされました。Aさんにとって通い慣れた病院からの転院に納得していただけるかが問題でしたが、ご家族皆さんが状況を理解され、毎月の受診が実現できました。
 Aさんにとって幸いなことは、名取医師への受診だけではありませんでした。
 労災申請先の監督署の課長さんが率先して雇用関係や職歴を調査してくださったことです。すぐにご自宅へおいでになり聞き取りをしてくださったようです。
 アスベストセンターはAさんの現場をリストアップしただけで、直接Aさんに面会するまでもなく手続きが進んだという稀な事例となりました。
 残念ながら、先日亡くなられましたが、ご相談が無ければ労災申請もできなかったであろうことを考えますと、短いご縁であったかもしれませんが、少しはお役に立てたのではないかと思います。

2) 完璧な現場の記録と同僚証言で認定

 Bさんは、はつり・解体の専門職で、肺がんで亡くなりました。レントゲンには胸膜肥厚斑が明確に写っていましたので労災申請準備にかかりました。16年分の日記には現場名がびっしりと書き込まれていました。じん肺合併の肺がんではないので、アスベストを吸ったであろう現場を探すべく一から日記を整理してみました。関東各地のボーリング場や学校などの解体が浮かび上がってきました。
 ようやく完成したリストを元に、仕事仲間の方に当時のお話を伺い、お墨付きを得ました。今は当然存在しない建物の現場についてもよくご記憶で、職人さん方の記憶力にあらためて脱帽した次第です。分厚い現場の表を提出した際に、監督署の方にねぎらわれましたが、何か背後から日記を整理すべく力を与えられていたのかも知れません。
 事前に保存を依頼してあったにもかかわらず、レントゲン写真の原本を病院が処分してしまったという信じがたい事故もありましたが、胸膜プラークの写っていた数枚のコピーを所持していたおかげで無事認定となりました。