Symposium 2008/08/28
リスクコミュニケーションの立場からも考えながらお話をいたしますと、ここで事前に保護者の方からこういう注意をして欲しいという要望が出たわけですから、それに対して行政が十分に応え、適切な処置が取られていれば、アスベストばく露に関してはリスクコミュニケーションが図られて、リスクが非常に削減、低減できた、あるいはゼロにできたわけです。しかしここで行政がこういう答えをしてしまって、工事が始まってしまったために、まずコミュニケーションがうまくいく機会を失ってしまいました。
毎日保護者は園児を迎えに来られるわけですから、数日後天井を触らないという説明だったのに、天井を剥がしているということで抗議いたします。さらに吹き付けアスベストと思われるものが天井から見えるということを確認して、抗議をしたわけです。
そして工事の1週間後に保護者説明会が行なわれました。行政は今度は、天井を剥がしたけれども、規制されている吹き付けアスベストには触っていないという返答をしました。
ここでまあ事実と異なる発言をしてしまったわけですが、保護者は行政への不信感を非常に増大させてしまいました。最初は天井を剥がさないと言っていたのに、今度は剥がれていたら、剥がれていたが吹き付けアスベストには触っていないということでした。
これは永倉さん(中皮腫・じん肺・アスベストセンター)が撮ってくれた写真ですが、吹き付けアスベストがむき出しになっているのが、下から見えるわけです。支柱を立てるために一部が剥離されているという図です。
アスベスト、特に緑色の青石綿の吹き付けアスベストが実際に剥離して天井裏に落ちているということですので、保護者たちがアスベスト濃度測定や、園児の保護を要請して一時避難させて欲しいといろいろなところを回りましたが、言を左右されてしまう。そういう中で、保健所の所長さんだけが真摯に、間に立ちましょうと言ってくださって、区との交渉になるわけです。
それで工事の2週間後にアスベスト濃度が測定され、0.65f/Lということでした。
アスベストの剥離工事のだいたい2週間後ですので、当然環境中濃度は低くなっているはずなのですが、それでも0.65f/Lということでした。しかもこの結果が出たところでの行政の回答が、だいたい高速道路沿道と同程度なのだから、一定の安全が確保されたということで、これで大丈夫だというコメントをしたわけです。このときのもう一つの問題は、だいたい高速道路というところで問題になるクラッチやブレーキシューに使われているアスベストはクリソタイルがほとんどで、クロシドライトは使われておりません。保育園ではクリソタイルではなくクロシドライトでしたので、一つの誤りがあります。健康リスクとしては、クロシドライト、青石綿の方が、クリソタイルよりも数倍以上毒性が強いということがわかっております。
工事の3週間後にアスベストの全面除去を決定いたしましたけれども、まだこのときは工事中に吹き付けアスベストを除去したことについて、区側はそういう工事内容を指示していないということでした。やっと工事の1ヵ月後に経緯はともかく工事中に吹き付けアスベストを除去したことをはじめて認めます。リスクコミュニケーションというのは当事者、利害関係者との信頼関係がまず第一になければいけないわけですが、こういう経過で行政は保護者の信頼を完全に失ってしまっているということになりました。
こういう経緯で行政がどうしようもなくなったということで、父母からの要請もあり、99年7月に専門家によるアスベスト健康影響の説明会が開催されました。専門家として私と、先ほど申しました建築衛生学部の入江先生が伺ったわけです。このときに概算でリスク計算をして行きましてとりあえずは保護者の過度の不安を沈静化できたのではないかと思います。一部のお母さんは、子どもの胸部X線を撮るということもあったようです。
その後、99年9月に文京区の中にアスベスト健康対策等専門検討委員会が設置されました。そのときに、私どもがお引き受けする一つの条件としましたのは、行政と保護者の信頼関係が全く失われておりましたので、私としては行政から頼まれて行った訳ですが、行政が選んだ委員だけではまず信用してもらえないだろうということで、私どもが推薦する専門家の他に保護者の推薦する委員をぜひ入れて欲しい、それから長くフォローするときには地元、文京区の医師会の方にも入っていただきたいということでした。
この委員会の一つの特徴は、先ほども述べましたように吹き付けアスベストの全面撤去を決めたということがありましたので、その工事の際に建物全体を養生して陰圧にしますので、実際に改修工事の時とほぼ同じくらいのアスベストを剥離させ、実際の保育園の教室にアスベストがどう飛散していくのかを測定してみようということが提案され、実際に行なえたことだと思っております。
その結果、非常に困難なばく露評価をいたしました。ガスを使って、工事現場から、1階、2階の各部屋にどう拡散していくかということも推定いたしまして、最大で生涯発がんのリスクレベルが6.3*10−5くらいの方がいらっしゃるという推計ができました。