シンポジウム第3回 地震とアスベスト

シンポジウム第1部 阪神淡路大震災でアスベストは飛散したのか?

司会: それでは名取さん、今度は医師の立場からお話を伺いたいと思います。アスベストの飛散状況からして、どんな健康影響が心配されるのですか。

名取: 寺園先生の健康リスク計算でも、明らかに心配であるというのがわかりました。今後問題だと思うのは、例えば石綿の濃度自体が地震直後いくつだったのかというデータが全くない事です。つまりどのくらいのリスクになるのかという基礎の濃度のデータが取られていない訳です。ですから、まず一つは少なくとも今後地震が起きた時に、初期にかなりの濃度になると思われるので、誰かがきちんとデータを取り続けるという体制を作っていかないといけません。おそらく数十年後に被害が現れると思いますが、地震の規模が小さければ多分被害はお一人とかそういう数であって、40年後の時点では地震によったものかという判断が非常に難しい。その地区には地震以前の職業が原因で病気になった方と、地震の時の職業で曝露されてなった方、地震の時の環境曝露の方とが混ざって住んでいると思うので、やはり基礎的なデータをきちんとすることが必要です。今度そうした被害が予測されそうだと思っております。

司会: それでは国土交通省の牧さん、この阪神淡路大震災の状況についてどうお考えですか。

牧: 当時アスベストがどのくらい飛散したかということで言えば、環境庁さんのデータがあって、直後のデータがあることはあります。解体が始まった頃にかなりの数字が出ていたので、数字というものは受け止めねばならないと思っています。直後どうだったかというお話ですが、例えば非飛散性の建材は潰れて飛ぶというようなことはなかったのではないかと。吹き付けアスベストが解体の時程飛んだのかどうか、というお話や、被災した瞬間に飛散するようなアスベストに対してどう対策をとるのか、かなり難しいところがあると思います。現況の建物をどうするかというような話になってくるので、まず解体に着目して、もっと何かできないのかという議論があります。私自身も、平成7年の1月-5月に4回ばかり神戸に行きました。2回目か3回目の時に、被災直後に行った時に比べてかなり大気が濁っているような印象でした。マスクをして行きましたが、それでも帰る時には鼻水が出ました。解体の時期には大気にいろいろなものが出ていたのでしょう。解体の時になりますと、アスベスト含有建材がどのくらいきちんと処理されていたのか。ご指摘のとおり、当時は基準がなかったと思いますが、今はいろいろなルールができているのですが、当時粉じんがでた可能性はあります。写真に出てくるのはRC構造物ですが、吹き付けアスベストが比較的使われていない木造建築ではどうだったのか。そのような所にも非飛散性アスベストは使われていたので、着目する必要があります。

司会: ありがとうございました。私も阪神淡路大震災の時に翌日行きまして、西宮から現場まで歩きました。私達マスコミというのは当然倒壊現場や被災した所に行きますので、今思えばあそこに5日間位いましたので、かなり吸っていた可能性があります。アスベストを吸う認識も全くありませんでした。私の発症は年齢から気に留めませんが、若い人達のことは気になります。他にどなたか質問ありますか?

会場1: 震災当時にアスベスト根絶ネットワークは、会のメンバーのマリー・クリスティーヌさんが神戸に子供用のマスクを持って行って、小学校で子供達に説明をしながら配ったというような活動をしました。子供達がアスベストを吸ったことによる被害というのは非常に懸念されるところですが、震災の時に救助作業をされた人達や町内会の消防の人達というのは、救援活動をしながらアスベストを相当吸ったというように思われます。子供達や救援活動をした人達など、アスベストを吸ってしまった人達のリストというのは、行政としては作られなかったのでしょうか?

中地: 行政には阪神淡路大震災で被災をしたということを記録する提案をしたことはあります。被災手帳みたいなものを作ったらどうか、という話もありましたが、結局実現はされていません。ボランティアといってもフルタイムでやる方や月に一回来る場合など、ボランティアの時間密度が大変違いますので、一概にボランティアのリストを作るといっても、ちょっとそれは難しい。ボランティアに参加した人の名前は団体ごとに把握されていると思いますが、こういった健康被害、健康リスクを考える上に役立つような形の記録にはなっていないと思います。

名取: 今会場から言われましたが、小学校などの濃度はいくつだったのか? つまり大気中はいくつで、小学校などがいくつで、アスベストが飛散したと懸念される地区がいくつで、解体現場はいくつで、吹き付けの現場ではいくつだったのか。もちろん濃度は場所によって違うと思います。この場合データがあるのかないのかが分からないと今の話は、そもそも危険性が分からなくなってしまうと思います。まず大気中の濃度がわかり、それから実際の除去作業時の濃度がわかれば良いと思うのです。先程言った吹き付けアスベストがあるけれどもそれに構わず人命救助で必死になった消防士さんのいた状況では、恐らく想像を絶する高い濃度でしょう。被災された方の小学校等のデータもわからないのだと思います。そういったいくつかの元のデータがあるのかどうか。

中地: 先程言いましたが、一般環境については17の測定局で毎月2月-10月まで9回測っています。あとは神戸市のほうでは小学校ごとの、運動場ですが、あのような測定データがある。それから測った月によって、最初の2、3ヶ月は数値が高く、5、6月頃に解体が7、8割終わり9月には90%解体作業は終わっていましたので、その工事もある程度濃度は落ち着いていましたから、その途中で測っているので、例えばこれぐらいの濃度だったということは推測できます。一番問題なのは1月の17日から2月の環境庁が調査するまでの一番ひどかった時のデータが無い、ということです。ただ私達が行った、写真でもお見せした、所のデータが1つあるだけで、1月2月の初めはそういうことをする余裕がなかったというのが正直なところです。

会場1: その関連で気になるのは、今労災の申請であったり、中皮腫を煩った人の相談を受けることがありますが、30年前や40年前にどこのどういう現場でアスベストを吸ったかということをなかなか本人も覚えてなかったり、客観的な記録がなかったりという現状に出くわします。それを立証するものが非常に困難なことがありますので、今ならまだそういうリストが作れる可能性があると思ったもので質問させてもらいました。例えば学校の面的なアスベスト濃度と、そこにいた生徒さんの名簿があればリストは作れます。あと、解体工事現場で大きなアスベストがあった所などのある程度の特定ができれば、そこで働いていた人のリストも、今なら可能かという気がしたのですが、そういうような行政の取り組みというものは今後提案できたらと思います。

中地: それは少し反対かと思われます。と言いますのは、行政のほうはリストを作って保管するというのは個人情報のほうから言うとまずい話です。そうではなくて、その当時神戸に住んでいた人が自分はどういうような生活をしていたのかというようなことを、その人個人が自分の記録を管理できれば、手帳か何かを配って管理をするほうが私はいいと思います。

寺園: 非除去解体現場という言葉で私は説明したのですが、それを測定された中地さんの数値、160或いは250本/Lというのが唯一の危険なアスベスト濃度の現場の数値、それが唯一だと思っております。ですからそれよりもっと高い所があるかもしれないし、低い所があるかもしれません。そのへんは分かりません。私が測定したのは、除去後の解体現場で15本/Lという所が最高だったのですが、それでも2月18日に測定していて、地震から一月と一日経っています。中地さんも言われたように、地震直後の解体現場では測定する余裕はなく、データはほとんどありません。まずサンプリングのための電源が取れませんでした。私も電源取りには苦労して京都から発電機を持って行きました。現場の模様から今の写真等を拝見しますと、中地さんが数百本/Lという濃度を測られた場所は、比較的危険な所としての典型的な光景のように思われます。ですから今後数少ないデータをどう活かすかが重要だと考えます。危険性を認識してもらって、そういう現場はなるべく造らない、近寄らないということを周知すべきです。それは当時も中地さん達や行政の方もかなり報告や周知に努力はされましたが、どこまで一般に浸透したかというのは私も疑問には思っています。

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