シンポジウム第3回 地震とアスベスト

シンポジウム プロローグ アスベストとの関わりは

大越慶二氏(環境コンサルタント)

司会: 牧さんはアスベストにはどのような関わり合いを持っておられるのですか?

牧: 今、建設業者さんや解体工事業者さんに対して、指導といいますか、いろいろな制度を作っていく立場にありますが、直接は規制をかけるという手段を今はもってないという状態でございます。そんな中で環境省さんや厚生労働省さんと、いろいろなお話を伺いながら、こちらとしてもPRなど、できることをやっていこうと、そういう立場になろうかと思います。

司会: ありがとうございました。アスベストの健康影響やアスベストとは何か、或いはアスベストがどこに使われているのかがある程度分かったところで、これから議論にはいっていきたいと思うのですが、環境コンサルタントの大越慶二さん、まずアスベストとの関わりについて、そしてアスベストの何が問題なのか、ご発言願います。

大越: まず自己紹介をさせて頂きます。今回私はこちらの席にご招待されたといいますのは、たまたま私は35、36年程前から、当時でありました吹き付けアスベストの施行工事に携わっておりました。アスベストが社会問題化した時点からアスベスト処理のほうにその経験を踏まえまして、お手伝いをさせて頂いて来ました。そういう体験の中で、色々なお客さまのほうからのご相談を受けている間に、アスベスト環境コンサルタントというようなお名前を頂戴致しまして、本日こういう席で多少私の体験を発表するようにと、申しつかりましたので、お伺いさせて頂いております。私は本来、アスベストの処理業者の一人でもあります。そうしますと、立場的には相対する部分があるかと思いますが、多分に今のアスベスト処理関係につきまして、商業ベースで進まれていると、つまり環境対策ということを前提としてやってない業者さんが非常に多いのではないかと思います。その中で少しでも適正な処理をすることによって大気保全を目指していきたい、そのためには多少私の意見を申し上げさせて頂くことが皆様のお役に立つのではないかと思いまして、こういう席で色々発表させて頂くことが非常にお役に立つのではないかと思っております。

司会: ありがとうございました。続いて、環境監視研究所の中地重晴さんお願いします。

中地: 環境監視研究所の中地です。私のほうは1988年から市民向けの環境調査、研究期間という形でやってきましたが、1987・87年頃、ちょうど文部省の学校施設の吹き付けアスベストの影響問題なんかから、アスベスト撤去問題に加わっていくわけです。それで、本来の阪神淡路大震災の時には、私のほうは地震の被害者でありますけど、ボランティアの人達と一緒に『被災地のアスベスト対策を考えるネットワーク』という市民グループを作って、1-2年くらい活動したという経験があります。以上です。

司会: ありがとうございます。それでは皆さんのお立場もお分かりになったところで、早速今日のシンポジウムにはいっていきたいと思います。まず、阪神淡路大震災で、アスベストの飛散とはどんな状況であったのか、寺園さんからもご紹介があったのですが、改めて、実際に現地に行かれて対応された大越さんのほうから伺いたいと思います。又、そのうえで健康影響を少しでも軽減するためには何が必要なのかを探っていきたいと思います。私達は東京にいますと、本当に阪神淡路大震災そのものが過去のものになりつつある。又、アスベストがその際に問題になったことすらよく知らない。そういうことですので、改めてその飛散状況がどうだったのかを大越さんに伺いたいと思います。

大越: 実は阪神淡路大震災が起きた数日後に当時の環境庁のほうから私のほうに連絡がありました。工事において、倒壊した建物からアスベストの粉塵が大量に飛散しているということがマスコミ報道を通しまして、一般市民の方の不安をつのっていくと、そのために、どのように対処していいのか、相談に乗ってもらいたいということでその週末に現地のほうにお伺いさせて頂いたしだいです。それで早速、その当時、兵庫県庁、神戸市役所、環境庁、建設省の方々と市内を2日間にわたって査察をさせて頂きました。その結果、色々な問題があるということがわかりました。

 つまり、一つ皆様にお話したいのは、私が査察にちょうど回っている最中、三ノ宮の駅前の立体駐車場が倒壊しておりまして、それの解体に業者さんが入っていました。倒壊した鉄骨の梁だとか柱だとかデッキプレートというものにクロシドライトという吹き付け材がついておりました。そのままの状態で切断致しましてトラックに積んでロープをかけて、市内を走り去ったように見受けました。その時私は役所の方に、ちょっとこれは問題ではないのか、ということを申し上げたのですが、その方は業者の方に何も申し上げることなく帰ってしまいました。確かに震災が起きて一週間ほどしか経っておりませんので、都市復興や生活復旧ということが第一になられるのではないかと思うのですが、やはりこういう風な状況の、今回のテーマになっております震災時における粉塵被災の大きな元になっているのではないかと思いました。

 それからもう一ケ所で印象に残っておりますのは、灘地区という所で4階建てのアパートが完全に倒壊致しまして、そのアパートの住人十数名が圧死されたそうです。当然救助活動としまして、その倒壊した建物の梁や柱をはずしまして、救出しようとされていたのですが、不幸にしてその建物の柱や梁に吹付けアスベストがありました。ですが、その時は人命救助ということが前提となりますから、アスベストというものが、やはり二の次にならざるを得ません。ですから、私が行きました時にはその建物の周辺の道路にはアスベストの塊がそのままになってしまっているというような状況がありました。こういうことが要因になっているのではないかと思っております。以上です。

司会: 今のお話を伺っておりますと、やはり大越さんのお立場から言ってもアスベストは実際に充分除去されないままに、処理されていた実体もあったということですね。

大越: その年の2月の後半かと思いますが、石綿関係管理庁連絡会議が行われました。環境庁・建設省・通産省・兵庫県で倒壊した建物についての暫定的指針を作りました。人の出入りのできる所は通常の方法で、人の出入りの困難な建物については外部から飛散抑制剤などを散布して、解体をしなさい、というものです。全壊した建物については、シートで囲ってアスベストを拾い集めなさい、というようなことになっていました。

 ただ、私がこの点で問題提起させて頂きますと、当時のアスベストとは今回の会議の中にも若干お話をさせていただいたと思いますが、あくまでも吹き付けアスベストのみを対象とした指針でございました。アスベストというのは、非常に多様にわたって使われておりまして、ほとんどのアスベストを含む成型品の場合、機械で解体をすると、どうしても粉々になってしまいます。粉々になってしまうと、粉塵が多く散るということになりますので、必ずしも吹き付けアスベストだけを対象とした姿勢では、問題の抑止にはならないのではないかと思います。

司会: ありがとうございました。

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