シンポジウム第3回 地震とアスベスト

基調報告(1/3)

 寺園 淳氏 
(独立行政法人・国立環境研究所社会環境システム研究領域資源管理研究室) 

齋藤宏保氏 
(コーディネーター、東京農工大学大学院客員教授、元NHK解説主幹) 

司会(齋藤): それではお待たせしました。『第3回 地震とアスベスト』阪神淡路大震災から10年、大震災時の対策は十分か?ということで、地震とアスベストのシンポジウムを始めたいと思います。まず、開会の挨拶ですが、中皮腫・じん肺・アスベストセンターの名取雄司さんからお願いします。

名取: 暑い中ご苦労様でございます。これからが本番 アスベスト対策、という題名で国際会議へ向けて4回のシンポジウムを行っています。今回の第3回は、地震と石綿(アスベスト)に関して、各界の代表的な方に集まっていただいております。是非、お話を色々聞いて頂くとともに、活発なご意見を頂戴しながら、今後、地震に伴う石綿(アスベスト)被害が日本から極力減らせるようなシンポジウムになるようにと思っております。よろしくお願い致します。

司会: 今日はまず、独立行政法人・国立環境研究所・社会環境システム研究領域・資源管理研究室、寺園淳さんから基調報告をお願いします。

寺園: こんにちは。独立行政法人国立環境研究所の寺園と申します。今日は阪神淡路大震災に伴う建築物解体とアスベスト飛散というテーマで発表いたします。貴重な機会を頂いてどうもありがとうございます。といいますのは、震災当時は京都大学におりまして、関西では関心の高いテーマでしたが、東京ではなかなか話す機会がありませんでした。

 今日の発表の概要ですが、アスベストの概要と阪神淡路大震災で何が起こったかという中味、行政の対応、発生源の調査、拡散による一般環境への影響などについて発表し何をすべきか、という点での私見を最後に述べさせて頂きます。

 石綿・アスベストが何かという前に、アスベストへの関心の高さを私なりに新聞記事から把握しようとしたものです。朝日新聞の記事検索システムを使いまして、1984年から2000年までの記事の中からアスベストまたは石綿というキーワードでヒットしたものを持ってきました。

 1986年、横須賀の米空母からアスベスト廃棄物が発見されました。1987年には、建材のアスベスト問題が盛んになりました。ピークが1989年で、新東京都庁のアスベスト使用問題で、こういう80年代後半には、ぐっと関心が高まったのですね。その後90年代入り、がたっと落ちます。1995年の阪神淡路大震災で1回上がるのですが、その後、下ってしまいます。この後2000年は、ほとんどゼロに近かった。基本的には80年代がピークで、後は淡路大震災で少し関心がもたれたという程度です。今の消費量のことと関係があるかもしれませんが、世界の産出量と日本の輸入量とを図にしたものがこれです。単位が日本と世界とは違うので、日本がほとんど占めているわけではないのですが、70年-80年代にかけて、世界で500万トン規模のアスベストを産出しています。日本は、自分の国では採れませんので輸入していたのですけれども、70年-80年代にかけて、年間30万トン規模で輸入していましたが、その後、世界の産出量削減とともに日本の輸入もぐっと落ちて、10万トン規模、現在はそれ以下になりました。世界的なアスベスト禁止の流れを受け、日本は少しずつ遅れて、世界にならってきたという感じです。この間、禁止の動きは世界に比べると早かったとは言えません。

 アスベスト被害についてどんな状況が引き起こされるかというと、主に3つ考えられます。

 1番多いと思われるのは石綿肺で、主に10年以上の吸入で発症します。その他に、二大アスベスト疾患というのが、肺がんと悪性中皮腫という2つの「がん」です。肺がんでは潜伏期間が15年-40年、中皮腫では潜伏期間が20年-50年で発症すると文献では言われております。10年ちょっとで発症するという説もあります。来年、阪神淡路大震災が発生して10年経ち、潜伏期間が過ぎる懸念があります。

 さて、アスベストとは何かについてですが、アスベストの種類としては主に6種類あります。白いクリソタイル(白石綿)、青いクロシドライト(青石綿)、茶色いアモサイト(茶石綿)が3大アスベストです。使用の多いのがクリソタイル、毒性が強いのは、アモサイトとクロシドライトとなっています。耐熱性とか、耐薬品性とか、非常に強度もあるし、薬品にも強く、断熱効果もあるということで、建築材料や、摩擦材などに使われております。

 それから、健康影響になりますが、世界のがん研究機関が発がん性物質であると認定しておりまして、その中でユニットリスクも、いろいろな機関の計算で、だいたい1本/Lあたり2.2×10の-4乗となっています。

 用途として一番問題があるのが、吹き付けアスベストです。建築物の鉄骨のところ、天井のところに直接吹き付けるアスベストが、1960-70年代によく使われておりました。それが国内でどれ位消費されたのかということが、実はあまりよくわかっておりません。日本石綿協会が1971-74年の間に、吹き付けアスベストの消費量というのを発表しています。公式には、吹き付けアスベストの消費量というのは、この値しかありません。この1971-74年までの合計をしますと6万2千トンが国内で吹き付けアスベストとして消費されていたと確実に言える数字です。ただし、これは本当にピークの時だけでありまして、いろいろな文献調査をしますと、1957年から使用を開始され、1964年から一般への使用開始、1967年から、大量の使用開始という文献があります。それから、国内で原則的に使用を禁止されましたのが、1975年の9月。ただし1980年頃までは使われていたという話があります。これより推定しますと、17万トン程度になります。つまり、日本石綿協会発表の6万トンの3倍弱程度使われていたのではないかと思われます。これを補強するデータとして、通産省の統計で、「石綿製品(その他)」という種類の生産量の統計がありました。1973年に統計を中止しましたが、これは多分、この時からあまり使われなくなったから、中止したのだろうと考えられます。この「石綿製品(その他)」と先ほど推定した吹き付けアスベスト消費量17万トンのカーブが近似している。ですから、この石綿製品の大半は吹き付けアスベストと考えていいだろうと思います。そこで、国内では17万トン程度は使われていると推測されます。

 次に、阪神淡路大震災で何が起こったかということですが、私が実際1995年1月17日に地震が起きて、2月の初頭に現地に行きました写真が下です。まず三宮駅のそごうが、ぐっと崩れている光景です。

 次の写真は明治生命ビルで途中から折れている。

 これが三宮北口のワシントンホテルです。個人的にはこれが一番、衝撃でした。勿論、倒れているビルは多数ありましたが、ワシントンホテルの外壁を他のビルが倒れる時にひっかかれた様子がわかります。

 こういうようなビルが一杯ある中を解体が進んでいくわけです。で、これも阪急の三宮駅の北側の通りですけれど、ドア、建物が曲がっている中を人々が歩いていくような状況で、マスクをしている人をあまり見かけない。

 時々見かける程度です。

 次が有名な崩れた神戸市役所です。

 旧館の6階に水道局があり、これが潰れてしまったために、ここで保管されていた神戸市内の水道配管のデータがないために水道がなかなかひけなかったということで、非常に話題となった建物です。

 左の方から写した写真が次ですが…

 …旧館と新館を繋ぐ渡り廊下の落ちた残骸をよく見ますと、吹付けアスベストじゃないかなというものがありました。なかなかこういうところからサンプルを取りに行くのが難しく、私が2月に行きました時にはできませんでした。

 次は、三宮から元町の間のJRのガードの商店街の所です。

 崩れている建物をよく見ますと茶色っぽくなっていて、アスベストだとしたらアモサイトの可能性もあって怖いなぁと…。高さ3メートルくらいなので容易に取ることはできませんでした。

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